伝建には伝建対策調査というのがあります。これは、その集落なり町を伝建に指定していこうという場合の調査です。先ほどの四国の落合集落の話は、ここを伝建にしていくための調査だったのです。もうひとつ重要なのが、伝建の見直し調査というものです。
伝建の見直し調査とは、伝建指定されてからある程度年月が経ってから、その運用がどうだったかを見るための調査ですが、実際は指定地区を広げるための調査が多いようです。例えば、京都ですと祇園新橋地区の見直し調査で、新しく石塀小路が伝建地区に入りました。
住民組織からの要望も出されていました。調査報告書(『今井町−伝統的建造物群保存対策調査報告書』橿原市教育委員会2009.3)では、それを引用してこの地区の課題の整理をしています。借家・空き家の問題については住民組織の方々が提起し、市や文化庁は、伝建制度の枠内で、それへの対応しようとしている状況です。
今の保存制度で何が問題かというと、やはり「入居者の希望に沿う整備が困難である」「古材の再利用が困難である」「制度の規制や支援が分かりにくい」ということに尽きるようです。
かなり大きな規模で借家経営をされている方がおられるのですが、そういう方からは「経済的なことを考えると借家経営が困難」という意見があります。現代的な内部空間作りができないことも、住み手側を敬遠させている要因とされています。いろいろな費用もかかる。行政的な手続きが迅速でないから直そうと思ってもかなり時間がかかってしまう。保存修理の方針で古材をどう使うかの運用方針を定める必要があるというご指摘もありました。 奈良県橿原市今井町の見直し調査
■伝建見直し調査と借家と空き家問題
今井町における見直し調査
橿原市今井町伝統的建造物保存地区
おそらく全国で伝建地区が指定されていく中で、今井町が果たした役割はものすごく大きいと思います。昭和52年に最初の調査が始まり、鳴海先生、田端先生を始め、この世代で今井町調査に参加しなかった先生はいないと言っていいぐらい、多くの研究者がこの町を訪ねて実験的な調査をされました。この時に、町並み保存の考え方もだいたい出尽くしたと思います。
今回の見直し調査の特徴
見直し調査にいたる経過
しかし、今井町の場合はそれとは事情が違いまして、あらかじめ文化庁の人から「今井町の借家と空き家の問題を考えて欲しい」と宿題を出されていました。つまり、空き家と借家の問題が顕在化して、かなり深刻になってきているということです。
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平成5年に伝建指定がされるまでは市の単独事業で68件の補助事業が行われていました。伝建指定がされてからは伝建事業で235件の改修がされて、だいたい保存すべき物件の6割ぐらいの改修は終わっているようです。
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修理物件の内訳 | 具体例(両図とも前掲黒川他文献より) |
修理実績調査結果1 | 修理実績の調査結果2(両図とも前掲黒川他文献より) |
修理実績(前掲黒川他文献より) |
修理実績の調査結果を見ると、伝建制度運用以降、明らかにその内容が違っていて、伝建までは小修理が多いのに、伝建制度運用以降7年間は大規模・小修理ともに実施、平成13年以降は大規模修理が主になっています。
また修理の内容を見てみると、あるパターンがあることに気づきます。建物の傷む箇所は家によってだいぶ違うものなのですが、それをこまめに直していた時期と、瓦から壁まで全部直してしまう大型修理の割合が逆転した時期とがありました。
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どういう流れで一軒の家が直っていくかを、今井町に残されていた修理の記録を整理してパターン化してみました。
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基本はお施主さんが家を直したいと思ったときに、計画図面ができた段階で申請して許可をもらうという流れになっています。保存地区ですから、本当はいろんなやりとりがあってもいいと思うのですが、書類上もありませんし、アンケート調査もなかったというのが実情でした。 それと、補助金が出るのは工程の一番最後、竣工した後になります。これも住民が指摘した問題点の一つでした。一時的に住民の持ち出しになるわけで、負担になるという意識を持たれているようです。
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修理事業利用調査(前掲黒川他文献より) |
この事情はどこの伝建地区でも同じだと思います。
伝建事業はどうしても文化財的に保存状態がいい、つまり創建当時の形を残している家から始めていきますから、事業が進むにつれ改造を経た後の建物が対象になっていきます。
ですから、事業が後になるほど元の形がどうだったか分からなくなっているのです。例えば、本来はどこが入口だったのかとか、格子はどこに入っていたのかなどが分からなくなります。そんなとき、民家の学術調査などで学者が「こんな建物だったらこういう形に復元できる」と事例を示しているのを参考にすることになります。
結果、どういうことが伝建地区で起きているかと言うと、創建の形が分からない建物は、そういう先例を元に、同じ外観の建物にどんどん復元されていくことになります。本来はいろんなバリエーションがあったかもしれない町並みに、同じような外観の町家に復元されていることが問題だと思います。
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今井町でもうひとつの問題と思われるのは、複数回修理です。だいたい250件のうちほとんどが前回の伝建修理から20年を経過しています。それが伝建事業で修理した後、2回目の修理に入りつつあります。以前修理した部分の2回目の修理はどうやっていけばいいかも大きな課題になっています。
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今分かっているのは、借家・長屋建ての修理実績が非常に低いことと、制度利用者に偏りがあることです。同じ借家の持ち主でも積極的に伝建制度を活用してどんどん修理を進めている家主さんもいれば、家が老朽化するのを全然構わずほったらかしにする家主さんもいます。制度利用者が二分化する傾向にあります。
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5戸建長屋をグループホームに 勝村一郎氏の案(『橿原市今井町伝統的建造物群保存地区見直し調査報告書』2009.3より) |
伝建制度の枠組みの中でどれだけのことができるかを、協力していただいたNPOに、5つのモデルを設計してもらいました。5人の建築家さんに5案出してもらいました。
その一つが空き家になっている5戸建長屋をグループホームにする案です。私はこの案が気に入っているのですが、車いすが通るための廊下幅2mが確保できないなど、現行の福祉関係の条例に合わない部分が出てきてしまうのです。
そういう時も伝建地区の建物で福祉の運用ができるように、法律面で柔軟な対応をしていただきたいと考えるのです。グループホームとして活用しようとモデル設計をして初めてこういう条例の壁があったのだと分かった次第です。
どんな空き家の使い方ができるかを、どんどんモデル設計して検証していく必要があるでしょう。これ以外の4案も良い案を出していただきました。
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伝建地区の建物を宿泊施設にするというのは、今とても脚光を浴びている活用の仕方です。京都では「庵」さんを中心に、いろんなやり方をされています。今井町でもできないかと、「旅館営業方式」と「定期賃貸方式」の2つを検討してみました。 これも契約上の問題や安全面の問題を考えると、町家を活用しながらの宿泊施設ができるように制度設計をしていく必要があります。NPOさんのメンバーが1軒、旅館営業方式で営業を始めたところです。
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新しい町家・町並みの活用、LEDを使った照明とコンサート |
今回の「地方の元気事業」の実験でも、コンサートやサウナを取り込んだ実験とかいろんなことをされていました。それなりに面白い催しだったと思います。しかし、それが今井町の空間の特性を十分に活かしたというものではなかったので、これから今井町の町家や空間の特性を活かしたものを追求していけば、もっといろんな提案が出てくる可能性はあるだろうと考えます。
町の人も軒下やショーウインドウのライティングなど、ある程度それを意識してやっておられたと思うのですが、そういうノウハウの蓄積は必要でしょうし、それを重ねていくことによって、まちづくりの方向性の転換もできていくのだろうと思います。
今は、NPOを中心にまちづくり会社を作って活動していくべきだと考えているのですが実はそれも難しいのが現状です。ですから、行政と住民が一緒になったようなしくみづくりが求められていると思います。そのしくみには多様な価値観が織り込まれているものでないといけませんし、持続的発展をはかるものでないといけないとも思います。
■今井町に求められる「しくみ」
農村集落での「しくみ」づくりはある意味簡単でした。つまり、共同の生産活動や共通の価値観や同じ程度の経済規模が農村にはあるからですが、都市部の伝建地区には多様な価値観があり一筋縄ではいかないのが現状です。人の出入りも多いし、歴史的にも都市部のマネジメントは江戸時代からいろんなしくみを制度として整えないと成り立っていきませんでした。多様なステークホルダーによるしくみは農村とは違うものになっていくのが当然だと思います。
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