ソウルの都市再生の流れ
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図7 オフセン市長のデザイン・ソウル計画
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デザイン・ソウル計画は呉世勲前市長によって行われたプロジェクトである(図7)。これまでの李明博元市長のプロジェクトは個別的に行われていたが、呉世勲前市長は総合的で体系的な都市再生プロジェクトを行った。目的は、もとはハード中心のハードシティーであったソウルをソフトシティーに変えることであり、ハードシティーの硬く、悪い環境を、人間にやさしい環境にすることである。つまり、機能中心であったものを人間中心に、自動車中心であったものを歩行者中心にすることである。
デザイン・ソウルの総括本部長としてマスタープランに参加した權?傑教授(ソウル大学校)によると、デザイン・ソウルは次の『22の原則』によって実行された。この22の原則について簡略な説明と事例を紹介する。
■ア)第1原則 −ソウル、場所の「魂」のデザイン−
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図8 第1原則
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第1原則は「ソウル、場所の「魂」」をデザインすることである(図8)。新「光化門」時代を開くという意味を込めて、国の象徴と歴史的な正体性(本質、アイデンティティ)を持っている光化門を復元し、市民たちが集い、利用する広場を作った。光化門が持っている場所性の意味を十分に生かした広場となっている。
光化門の前面は以前、全てが車道であった。この車道を広場として復元した。広場自体は細長くなっており、世宗大王(セジョン、李氏朝鮮のもっとも優れた君主)と李舜臣将軍(イ・スンシン、文禄・慶長の役日本軍と戦った)の象徴性も付けられている。
光化門自体は復元する前にもあったが、以前のものはコンクリート製であった。しかし、現在は本物の伝統的な方法で復元したものとなっている。以前のものとほとんど区別がつかないものであるが、韓国人の魂があるという強いメッセージ性のある場所であったため、伝統的な方法で復元しなければ意味がないと考えたのである。
漢城という城壁の復元は新旧の対話を意味している。漢城の城壁には黒い朝鮮時代の石と白い復元した石が混ぜられている。城門も全て復元し、人々が散策できるように計画されている。現在は全長17kmの城壁のうち、12kmまで復元が完了し、2014年までには13.4kmまで復元する予定となっている(図13)。
また、これらにStory Telling(物語性)を導入し、魂の空間として意味を高めている。例えば、光化門広場の石には朝鮮の国が始まった1392年から現在まで、その年にあった出来事を書いた石を並べ、その上に水を流している。これには、歴史は流れるという象徴を表現している。
韓国人は昔から農業を重視していた。朝鮮時代の宮殿の中では王様自身が農作業を行うほど、農業が持っている精神的な意味が強い。光化門広場にも植木鉢で米などを植え収穫している。韓国人の魂の場所で米を植え収穫することは韓国人にとってとても意味のあるものとなっている。
■イ)第2原則 −人間中心の都市、市民中心の都市を作る−
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図9 第2原則
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第2原則は、人間中心の都市、市民中心のソウルを作ることで、自動車中心だったソウルを歩行者中心に変えることである(図9)。
例えば、人間中心の歩行者道路は車道を半分に縮小し、歩行者道路を広げ、美術品などを配置して歩いて楽しむことができる環境にしている。漢江にかかる「広津橋」では、自動車専用の4車線道路を2車線に縮小し、人々が通れるようにした。
また、市民がどこでも芸術と接触できる都市を創出することを目的として、先述のソウル都市ギャラリー・プロジェクトが掲げられている。このプロジェクトは事業の提案を受け、審議を通じて市からお金を借り受けて行われる。2007年から11年までに83か所に公共美術が設置され面白い街並みが形成された。
また、産業化の遺物を市民に戻すことも行われている。以前はソウルの中にはさまざまな工場があった。しかし、これらの工場はスラム化し、誰も利用しない地域になってしまった。製鉄の工場がたくさんあるムンレという地域では、スラム化した工場を市が全部買い取り、芸術家に賃貸することで、現在、約70か所でアトリエが運営されている。このムンレの製鉄の工場地域は今はArt Factory(アート工場)と名づけられ、いろんな若い芸術家のアトリエの町となった。
■ウ)第3原則 −ソウル、環境共生の都市を作る−
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図10 第3原則
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第3原則は、ソウルに環境共生都市を作ることで、漢江ルネサンスと南山ルネサンス計画がある。この計画の目的は、漢江の生態的環境を回復すること、歴史文化資源を生かすことである。市民の接近性を高める施設を整備し、都心緑地軸を連結し、緑地地区を完成させ生態通路のネットワークを作ることが挙げられている(図10)。
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図11 漢江ルネサンス 仙遊島公園
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例えば、仙遊島という2002年に作られた公園がある(図11)。
仙遊島公園は元々貯水池だった。この貯水池の施設を残しつつ、改造、改修を行い公園として整備した。改造して作られた韓国初の「リサイクル生態公園」であり、「水と自然」をテーマとしている。このように生態的な公園としてリフォームし、滝や橋などの空間を作ることによって、これまで人々が利用しにくく、寄り付きがたかった場所を、人々の活発な活動を受け入れられるようにした。
漢江にかかる橋にも整備されたものがある。これまであまり人が通らなかった橋に展望台を設け、人々が集まる工夫を施した。これは漢江の現代型「亭」として位置づけられている。
亭とは川に近接した場所にある東屋であり、昔の朝鮮時代の山水画には必ず描かれているほど、韓国の伝統的な自然感を表す施設である。その亭から景色を眺めるのが韓国人の自然を楽しむ文化であり、亭の影響を受けて、漢江の橋の上に展望台が作られた。さらに、この展望台の中ではカフェやギャラリー、公演場など、市民の休憩や文化施設としても利用されている。
また、纛島(トゥクソム)にある漢江市民公園は高速道路の下を通らなくてはいけなかった。しかし、高速道路の下は暗く環境が悪いため、人々は心理的、物理的に通ることを拒んでいた。そのため、尺取虫型のギャラリーを作り、この中を通って公園にたどり着けるようにした。このギャラリーは歩行者所専用の橋であり、現代的なデザインとなっている。
さらに、漢江市民公園には、たくさんの水辺や水の空間も創造し、大規模の文化施設であるフローティングアイランドなどが設置されており、漢江のランドマークとなっている。
■エ)第4原則 −都市の位階(序列)と秩序を立つ−
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図12 第4原則
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さまざまな事業を行っても法律的に位階(序列)を持って、都市計画的に行わなくてはならない。そのため、ソウル都市デザイン条例が作成された。さらに、市役所の中に、デザイン・ソウル統括本部を立ち上げ、デザイン・ソウルのさまざまな事業をコントロールしている(図12)。
例えば、「都心の再創造の4大中心軸」を作り、地区別にデザイン・ソウル計画を行っている。1つ目は歴史文化軸である。景福宮という正宮の光化門広場から清渓川広場や市庁前のソウル広場を繋いで南山まで続いている。
2つ目は北村から仁寺洞、清渓川、明洞に繋ぐ観光文化軸である。
3つ目は昌徳宮がある自然の緑地と南山の緑地を繋ぐ緑地文化地区である。
4つ目は、大学路から東大門パッションタウンとここに新しく作る文化施設と連携して計画されている複合文化軸である。
また、景観管理区域も条例で作成された。重点管理区域では看板の整備や規制も行われている。この景観計画は夜間景観計画もあり、ソウルの橋や宮殿に夜間、照明を当て市民が夜中でも楽しめるようにしている。
■オ)第5原則 −安全な都市を作る−
〈説明省略〉
■カ)第6原則 −接近性の高い都市を作る−
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図13 第5原則、第6原則
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以前はソウルに訪れる手段としては、陸上の交通手段のみであった。しかし、現在は仁川から運河を利用してソウルに来ることができるようになった。この運河は、海からソウルまで観光客の輸送や観光クルーズをはじめ、多目的に利用されている。また、漢江と南山にも市民が接近しやすくなっている。さらに、都市内の歩行者道路の整備も行っている。例えば、先述の漢江の展望台であるが、この展望台は単なる展望台の役割のみを担っているのではなく、市民公園に気軽に接近できるように通路としても利用されている。そのため、道路から下の市民公園にはすぐに接近できるようになった(図13)。
■キ)第7原則 −「ソウルらしさ」をデザインする−
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図14 第7原則
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ソウルの新たなシンボルである「ヘッチ」を利用している(図14)。市役所にイルミネーションを施し、ヘッチの門を作るなど、ソウルのあちこちにヘッチのデザインを利用し、さまざまな施設を設置している。
また、ソウルの色を探し出すという計画がある。ソウルの9880のイメージを選び、ここから「250ソウル現状色」を抽出した。さらにここから10色を代表させたものがソウルの色である。景観整備などの基準に利用することが考えられている。現在はタクシーにこの色を配色しており、ソウル内のタクシーはニューヨークのタクシーのような色になってきている。
さらに、ソウルの書体も作成されている。固有の書体を作り、さまざまな公式的な場でこの書体を使うことを計画している。
■ク)第8原則 −ソウル固有の印象を作って刻印させる−
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図15 第8原則
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東大門パッションタウンの前に文化施設を作り、ソウルのランドマークの役割を担う計画である(図15)。例えば、東大門パッションタウンの前面は以前、運動場であった。その場所がスラム化し、人々が利用しなくなったため、東大門歴史文化公園と複合施設を建設するという計画が実行された。これは、現在、建設中であり、歴史文化公園は工事が終わっている。
■ケ)第9原則 −歴史と文化が生きているソウル−
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図16 第9原則
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北村という街は「生きている歴史博物館」と呼ばれている。90年代までは、歴史的な家屋が多く集まっている場所であったが、スラム化が進み、どんどん破壊される状況となった。そのため、この街を2008年に第1種地区単位計画区域として指定し、国から支援金を支出し、伝統的家屋がある街として再興することが計画された。現在は町全体が有名な観光名所となっている(図16)。
■コ)第10原則 −コンテンツ中心のSOFT CITYを作る−
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図17 第10原則
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市民の活動と一緒になり、相互に関わりの持てる文化財を守り、作っていくことを目的としている。例えば、朝鮮時代の「守門将」という宮殿を守る軍人たちの交代式を行うパフォーマンスなどが1日で何回も行われている。建物だけの宮殿ではなく物語やコンテンツのあるもっと豊かで多彩な表情をもった、生きている場所となっている(図17)。
また、旧オリンピック競技場は誰も利用しなくなったため、デザインオリンピックを開催し、さまざまな芸術品をここに展示する展示会も行われた。
清渓川では灯の祭りも行われている。この祭りでは青森のねぶた祭りのねぶたも出された。
■サ)第11原則 −世界の都市としてのソウルを建設する−
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図18 第11原則
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現代のソウルは韓国人だけの都市ではなくなった。世界の人々がソウルに訪れるため、世界の文化と共存することができるようなソウルを作ることが目的である。アメリカの軍人たちがいた梨泰院ではアメリカ文化の街としての街並みが作られている(図18)。また、アメリカだけではなく、フランスやチャイナタウンも作られている。
■シ)第12原則 −魅力のある都市ソウルを発掘する−
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図19 第12原則
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ソウル市民にさまざまな国や都市のイメージを聞いた調査結果(図19)から、ソウルの魅力はどうなるべきかを検討した。調査の結果、歴史と文化がソウルの魅力であるという意見が多く、これらを生かしてソウルをデザインすることを目標としている。
■ス)第13原則 −都市の相互作用を高める−
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図20 第13原則
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反応する都市を作る。都市の施設が人々の行動に反応するようにし、生きている都市の街並みを作ることを目的としている(図20)。つまり、施設と市民間の、また市民と市民間の相互作用を高めることである。
例えば、清渓川のデジタルキャンパスがある。これは人々動きに反応する。また、清渓川に新しく作られた施設である「求婚の壁」は、市民の求婚イベントを手伝う設備である。求婚者と公演の空間、また、他の市民たちとの相互作用によって、より活発な都市環境を作り出すことになった。この「求婚の壁」はソウルの千万市民からアイデアを募る「千万−万象オアシス」プログラムから選ばれたアイデアである。
■セ)第14原則 −市民と市民、都市と市民のコミュニケーションをデザインする−
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図21 第14原則
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市民のための文化施設をつくることである。例えば、昔の洞役所(区役所の下位の役所)は事務を行うだけの、お堅い役所であった。しかし、文化施設としてリフォームを行い、市民たちが集い、さまざまな活動を行う、休憩する場として生まれ変わった。市民同士や都市と市民がつながり、コミュニケーションをする場として利用され、さらに120という電話番号でなんでも相談でき、即座にいろんな情報を得るようなコミュニケーションシステムもできた。(図21)。
■ソ)第15原則 −市民参加のソウル−
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図22 第15原則
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市民がアイデアを出せるソウルを作ることを目指している(図22)。先述の「千万−想像オアシス」も同様で、公共施設などに関するアイデアを市民から募集し、公共デザインのアイデアとしてソウル広場に展示している。実際に選ばれたデザインはソウルの都市環境づくりに反映することになっている。
■タ)第16原則 −統合的で一貫したソウルを作る−
〈説明省略〉
■チ)第17原則 −都市空間を簡潔できれいにデザインする−
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図23 第16原則、第17原則
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複雑になっているソウルの街並みや看板などをきれいな簡略なデザインにすることを掲げている。市民の「目」と「脳」を休ませるために、屋外看板のガイドラインも整備された(図23)。昔のソウルの看板は複雑で街並みを悪くしていたが、現在では整備が進んでいる。これには市から約50%の補助金が出ており、評価も高まっている。都心部では約7割整備が進んでいる。
■ツ)第18原則 −よく読められる都市ソウルを作る−
これは先述のソウル書体を公共施設で使うこととして、統一性を付与したり、サイン・ボードなどのデザインを最小化したり、分かりやすくし、全体的に体系的で効率的な都市環境を創出することである。
■テ)第19原則 −市民のために健康な都市を作る−
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図24 第18原則、第19原則
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市民が歩く環境にすること、つまり、自動車利用ではなく、歩いて移動することを誘導することを目的としている。また、自転車の利用も支援している(図24)。例えば、橋の下では、車線を縮小し、自転車用と歩行者用の道路を作っている。また、自転車スタンドを設置し、このスタンドがある場所ならば、どこからでも自転車を利用でき、返却することができるように整備されている。電車にも一部の座席を取り除いて自転車を乗せることができる空間が作られ、漢江の河川敷には自転車専用道路が整備され、市民が利用している。
■ト)第20原則 −移動しやすいソウルをデザインする−
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図25 第20原則、第21原則、第22原則
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公共交通を利用し、効率的な都市を作ることを目的としている(図25)。例えば、バスの中央専用車路を整備し、バスが渋滞に巻き込まれない環境を作っている。バスや地下鉄、ライトレールなどの乗り換えが自由に行うことができるようにし、さらに、乗り換え時の料金は別々ではなく、バスの料金と連係されている。つまり、バスから他の交通手段に乗り替えしても、移動した全距離に該当するバス料金のみを払うシステムとなっている。
■ナ)第21原則 −Ubiquitous(ユビキタス)な都市を志向する−
〈説明省略〉
■ニ)第22原則 −ソウルを楽しい都市でデザインする−
さまざまな遊びと体験ができる公共施設のデザインをすることを目的としている。つまり、どこに行っても芸術品に出会ったり、面白い体験ができるようにし、また、さまざまな活動が受容できるデザインとすることを掲げている。例えば、ソウル駅前の建物では動画がLEDで表現されるなど、さまざまな面白い場面がここに表現されている。
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