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「埋立地帝国」日本を西洋から見る

イタリア・トリノ生まれ、 通訳

シルビア・ヘルテル・野村
(Silvia Hertel Noumura)


二十数年前に日本へ来て、 ほとんど関西に住んでいます。

いつもまちを見て、 「なんてひどい建物、 建築家の顔を見たい」というのが私の口癖なんです。

 

   今日は、 「環境と空間の使い方」、 「日本の埋め立てマニア」等についてお話させていただきたいと思います。


ポルティコとアーケード

   私の生まれたまちは、 イタリア北部にある工業都市、 トリノです。

18世紀のトリノの都市計画の一つの特徴は、 何キロも何キロも、 ポルティコという大きなアーチ形のアーケードが続いていることです。

ポルティコは道路に面した建物の一部につくられます。

その下にいろいろなお店もあり、 大きな住居の入口もあり、 その門から中庭がひろがっています。

ポルティコは、 道路に並行した日常生活の大動脈です。

 

   昔の中庭は、 今、 ひとが集まるパブリックスペースとして使います。

あるいは、 中庭の回りの建物の部分は、 お店やブテイックに改造して利用しています。

広大な広場の回りにもポルティコがあります。

それは、 機能的な役割だけを果たしているわけではなく、 まちの壮麗さも語るのです。

機能と美が一体なのです。

一つの例として、 ミラノの中心にあるガレリア・ヴィットリオ・エマヌエレ2世が挙げられると思います。

 

   戦後につくられた日本のアーケードをみますと、 商売繁盛を考えたものに過ぎないと思います。

機能のみです。

建築物ともいえませんし、 美的感覚もありません。

確かにショッピングには便利ですがさびれてきたとき、 あるいは夜、 人がいないとき、 不気味なものになります。

たいてい空も見えません、 緑もありません。

商品ばかりがあふれて、 造花で季節感を出そうとする。

それは金の動脈であり、 暖かみはありません。

 

   幸い、 所々ではアーケードの撤去が始まったと聞いています。


人間が歩けるまち

   トリノ市は自動車産業のまちで、 一時期、 公害と車の多さと他の問題のため大変住みにくくなっていました。

けれども何年か前に戻ってみて、 まちの中心の変化にびっくりしました。

宮殿を中心にたくさんのノード(王立劇場、 協会、 広場、 歴史を語る建物、 大学、 博物館、 公園)があります。

そういう所は、 再び人間のものになっていました。

 

   活気をなくし、 エレガントなフランス建築の雰囲気をなくしていたまちは、 車が消えて、 大切な空間を取り戻し、 魅力的になっていました。

車をしめだしたことをきっかけに、 美化運動も始まったのでした。

始まった美化は、 必ずどんどん広がるのです。

 

   まちはもともと人間らしいものでなければいけないのですが、 車に埋もれたまちはモンスターになっていました。

やっとそういうことに気がついて、 市民が再び歩けるまちにしました。

 

   日本のまちは、 神社やお寺を除いたら、 人間のための空間がもともと少ないような気がします。

また、 たいていとても歩きにくいと思います。

けれども、 日本の場合も、 金儲け主義から目が覚めれば、 きっと、 イタリアと同じ傾向になるでしょう。


「埋め立て地帝国」日本

画像s01    世界中どこへ行っても日本のようにコンクリートで固めた岸や人工島を作っている所はありません。

身近かな例を挙げますと、 大阪ベイエリアは、 日本で一番ひどい、 世界でも「ワースト1」と言われるコンクリート浜です。

4年前の環境庁調べのデータを見ますと、 人口海岸は93.9%、 半自然海岸は5%、 自然海岸は1.1%です。

全国を見ても、 自然海岸は55.2%しかありません。

しかも、 現在ではもっと悪くなっているかもしれません(図1参照)。

 

   滋賀県に住んでいる私は、 いつも琵琶湖の環境のことを気にしています。

琵琶湖に流れ込む川が400本ぐらいあると思いますが、 今の子供、 次世代の子供は、 自然の形の川ではなく、 まっすぐなコンクリートの中に流れる川しかイメージ出来ないでしょう。

 

   琵琶湖開発というプロジェクトは、 批判を浴びて、 反対もされましたが結局止めることできず、 年々埋め立てが進んできました。

いまだに、 戦後からずっと続いてきた物質的・経済的発展しか追求されていないようです。

経済優先という短絡的な考えで琵琶湖が利用され、 人間の本質的な豊かさ無視されました。

スイスの有名な湖と比べますと、 それが分かります。

スイスの湖に感じられる「自然や水と親しんで豊かな生活を送る」という考えを中心にしたまちづくりは、 琵琶湖にはないような気がします。

近代化の過程で、 たくさんの大事なものが失われてしまうと感じます。


モースが見た日本

日本のまちを眺めると、 アメリカ人であるエドワード・モースが1886年に出したJapanese Homes and Their Surroundingsという本をよく思い出します。

西洋にたいへんな影響を与えたこの本で、 モースは、 日本の住まいとその建築を細かく研究し、 まちの全体の印象も述べています。

先入観もなく、 いろんなことを誉めています。

確かに、 日本の自然環境にとけあう町並みや家々がとても魅力的です。

日本の素材や色を使った建築物は、 その土地の風土と文化を表現し、 威厳があって、 美しいものです。

現代の日本のごちゃごちゃした所を見たら、 モースは気絶するでしょう。

 

   戦後からのコンクリートの使い過ぎ、 対立する様々な建材や色や様式は、 混沌を生み出してしまいました。

音楽用語でいえば、 不協和音です。

 

   また、 顔のないところができて、 そのためでしょうか、 いろんなところがランドマークを作りたがるのです。

色の例を挙げますと、 モースが誉めていたきれいな日本瓦のかわりに、 いろんな形や素材や色の屋根があります。

空から見たら、 色の統一も調和もありません。

全体的に日本のまちには色が少ないと言われていますが、 そのなかでも色の「暴力」をよく感じることがあります。

騒音があるように、 騒色です。

日本は、 規制のとても多い国ですが、 どうして自然、 人間、 まちを守る規制が少ないのでしょうか。

 

   やっと今年(97年)の2月に京都には広告看板に関する条例が出来ましたが、 期待出来るものかどうか疑問が残ります。


発展に犠牲はつきものか

   2、 30年前、 ヨーロッパが自然の破壊を止めなければならないと気がついた時、 日本は、 まだひたすらものを作リ、 消費主義をライフスタイルにし、 モノだけの豊かさに目を向けていました。

 

   日本に来てから、 発展には犠牲がつきものだと何度も聞きましたが、 必ずしもそうではないと私は思っています。

「発展には犠牲がつきものだ」という考えは、 たいへん危ない。

歪んだ解釈でいくらでも人に錯覚を起こせるような気がします。

開発プロジェクトの中には、 政治的な武器でしかなく、 人の生活のために本当は役に立たないという例がずいぶんあります。

日本だけではなく、 イタリアにも同じことがありましたが、 日本人はおとなしすぎて振り回されたような気もします。

 

   振り返ってみると、 時代を特徴付ける流行(はやり)言葉がおもしろい。

環境を破壊している時、 「豊かさ] という言葉が流行ったと思えば、 次には、 「国際化」という言葉が毎日のように使われたりしました。

 

   でも、 これも安いレストランの海老フライみたい。

コロモばかりでした。

その次、 「ゆとり」という言葉をみんな口にしていましたが、 実感はありませんでした。

現代は、 「エコロジー」。

うわべのエコロジーは、 ごまかしによく使われているような気がします。

また、 「人間と自然の調和」という表現に、 私は一番腹がたっています。

コンクリートを流しながら、 自然と人間の調和の話は、 ただの偽善に聞こえます。

 

   エコロジーと関係のある「緑」という言葉も、 建築家の有力武器です。

イタリアでは、 こういうことを言います。

自分の失敗を、 主婦はトマトソースで隠します。

医者は、 土で隠します。

建築家は、 つたで隠します。

いま日本の建築には、 自然のつたですらなく、 プラスチックのつたです。

 

   まちの環境、 まちの景観は、 恐ろしく自然から離れたものになったと思います。

歩きにくいところ、 電線・電柱だらけ、 統一のない建物、 ゴチャゴチャした広告看板、 せかせかした雰囲気、 趣味のわるい飾りつけ、 圧迫された空間、 などなど。

そういうまちに住むと心がまずしくなるような感じがします。

テクノロジーがあっても、 ひろいビジョンがないことは、 非常に残念なことだと思います。

 

   人間らしいまちに住みたい、 美しいまちに住みたいという願いではなく「いいまち、 いい環境に住む権利」が自分にあると、 いつ気づくのでしょうか。

本来日本人が持っている素晴らしい美的感覚は、 全人類の財産の一部として、 いつまでも残ってほしいものです。

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