the Urban Enviornment Design Seminar, Melcatello
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関西ブロックイタリアセミナー

(株)アーバンスタディ研究所

土橋 正彦

1。 関西ブロック海外セミナー

改行マーク関西ブロックの定例行事には月例の都市環境デザインセミナーと、 年一回の都市環境デザインフォーラム・関西とがあったが、 昨年から新たに年1回の海外セミナーが加わった。 月例セミナーとフォーラムは会員相互の情報交換や都市環境に関心を持つ人々への情報発信を主な目的としていて一般にも公開するのに対し、 海外セミナーは、 海外の同じ関心を持つ人々との交流を通じて会員の知見を広めることに主眼をおいている。

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写真1 パラッツォ・ガスパリーニ
写真2 都市環境デザインガイドマップ展
写真3 セミナー風景
写真4 交歓パーティー
 
改行マーク第1回の昨年は、 有志26名がイタリアの小都市を訪れ、 「巨大都市時代における地方都市の可能性」と題したセミナーを開催し、 また現地の市民と交流し、 生活を体験する機会を持った。 いろいろな面でわが国とは異なる事情のもとで、 山間の小さな町がどのようにまちづくりに取り組んでいるのかを目の当たりにし、 参加メンバーにとって、 文献からだけでは知ることの出来ない貴重な体験となった。


2。 イタリア・セミナーの概要

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表1 セミナー行程
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表2 セミナープログラム
改行マーク97年10月にイタリア、 マルケ州の人口1,500人ほどの小都市メルカテルロを訪れ、 大切に保存・修復された街並みのなかで、 地元の方々と意見交換するセミナー、 日本の都市環境デザインのプレゼンテーション(スライド・ショー及び都市環境ガイドブック・パネル展)、 交歓パーティ、 見学会等を開催した。 日本からの参加者26人に加えて、 セミナー当日には地元やイタリア各地から延べ100人近い方々の参加を得て盛況であった。 表1、 2におおよその行程とセミナー・プログラムを示す。


3。 メルカテルロ・スル・メタウロ

(1)位置

改行マーク今回のセミナーを開催したメルカテルロ市は、 直線距離でローマから北に約200km、 フィレンツェから東南東に約100km、 アドリア海から約50km西に入ったアペニン山脈の中の小都市である。

改行マークこのアペニン山脈から流れ出て東のアドリア海に注ぐメタウロ川という小さな川がある。 まちの名前は「メタウロ川の畔にある市場(メルカート=マーケット)」に由来する。


(2)歴史

改行マークパオロ・チンチルラ氏の講演に沿って、 メルカテルロの歴史を簡単に紹介する。

まちの起こり

改行マークまちの歴史は13世紀頃に遡る。 当時は麻の衣料や木材の交易で賑わい、 中部イタリアの経済拠点のひとつであった。 その経済力や自治権はなかなか強大で、 現在に至るまでまちの誇りであり続けている聖フランチェスコ教会もその頃に建立され、 メルカテルロはこの地方の宗教の中心としての地位も占めていた。

ルネッサンスの頃

改行マークその後15〜16世紀のイタリア・ルネッサンスの時代に入ると、 メルカテルロは自治権を奪われて政治的な地位を低下させるが、 フィレンツエとアドリア海の港町コーナを結ぶ交易路の上に立地するという地理的条件のもとで、 経済的な繁栄はなお続いたという。 セミナー会場であるパラッツォ・ガスパリーニも17世紀中頃に建てられたものである。 しかし、 1636年にこの地方が教皇直轄領に組み入れられた後は町の勢いは衰え、 図書館を、 したがって町の様々な記録も火災で失ったりという時代で、 メルカテルロの歴史としては一番暗い時代であったという。

イタリア王国時代〜ファシズムの時代

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メルカッテロ・スケッチ(by 井口純子)
改行マークイタリア王国が成立したのちの19世紀後半には、 市壁を撤去し、 現在町の中心になっている広場や市役所を建設するなど、 都市計画的な事業が進められた。 当時の町の経済的な基盤は農業であり、 その収入だけで未来に向けたまちづくりが進められ、 今世紀初頭には銀行も進出して町が活気を取り戻し始めた。

改行マーク第二次世界大戦ではメルカテルロも爆撃を受け、 いくつかの歴史的建造物を失った。 なかでも聖フランチェスコ教会に面した貴族の館の被爆は、 チェントロ・ストリコの中にオーバースケールのアパートを出現させてしまった。

第二次世界大戦後

改行マーク戦後は、 経済の工業化に伴って小作制度が崩壊した。 それにより、 農業生産における経済的な搾取は無くなったが、 大都市への激しい人口流出(およそ3,000人から1,500人に半減している)、 農地の荒廃、 商業の衰退といった悪い影響も生じて現在に至っている。


4。 セミナーの成果

改行マーク海外でセミナーを開催するのは関西ブロックにとって初めての試みであったが、 多くの成果があった。 その大きな理由は、 縁を得てイタリアの、 それも山間の小さな町で開催できたためであると考える。

改行マークメルカテルロに滞在したのはメンバーによって2日〜5日間と、 決して長い期間ではなかったが、 まちづくりへの取り組みと成果、 そして課題の実際をつぶさに確かめることが出来た。 この経験は、 参加メンバーが似たような状況に置かれているわが国の過疎地におけるまちづくりや風景づくりを考える際に、 大きく役立つことであろう。 また、 過疎地に限らず、 中小都市にとって中心市街地がどうあるべき存在なのか、 さらに都市を取り囲む風景をどう考えるべきなのかという点についても、 考えさせられる点が多々あったように思う。 それらの具体的な内容については、 井口、 上野、 榊原、 森重、 大矢の各氏の報告に一端をかいま見て頂けることと思う。

改行マーク“大普請”の時代を終えようとしているわが国の状況と対比して考えるとき、 イタリアの都市計画、 風景計画の理念、 さらにインフラや住宅の作り方、 使い方、 後世への伝え方等々、 今回のセミナーは、 参加メンバーそれぞれにとって日本での仕事に考えるヒントを多く与えてくれた。


5。 今後の展開

改行マーク海外セミナーを定例化すること、 また開催地の受け入れグループとの交流を継続するという二通りの展開を目指す方向に動いている。

改行マーク第一の定例化については、 昨年に引き続いて今年はインドネシア(ジョグジャカルタ及びバリ)を訪問するセミナーを開催する。 現地の大学との共催の形を取り、 昨年同様の成果が期待されるところである。

改行マーク第二の交流の継続に関しては窓口となる組織が育ちつつあり、 相互に訪問し情報を交換する場が再び持てればと考えている。


6。 おわりに

改行マーク最後に、 この企画を受け入れて下さり多大な支援を頂き、 さらに催しに参加していただいたメルカテルロの市民の皆さん、 マウリツィオ市長、 パウロ・スパーダ氏を初めとする現地の講師陣に感謝の意を表する。 また、 企画の種を播き、 率先して計画を進め、 宿舎までご提供いただいた井口ご夫妻に、 深く感謝を申し上げる。

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