ところで私の友達が長田に住んでいるのですが、 子供が小学校に通っていて、 彼らの話を聞いていると結構カタカナの名前が出てくるんです。 ですから、 同じような状況が日本のインナーエリアでも起こってきているのかもしれないと最近感じます。
こういった改善活動のプロセスをみていますと、 一つはいかに住み続けながら住環境を改善していくのかという問題と、 用途の混在を維持しながらいかにもう一度活力を取り戻していくのかという問題があるかと思います。 その中で、 そこに住んでいる人も参加しながら計画を作っていって、 計画があってものを作っていくというよりは、 ものを作るプロセスそのもの、 環境改善をしていくプロセスそのものが計画を作っていくプロセスそのものになり、 それによって、 その環境が担保されているというプロセスの中に、 かのBプランでさえ位置づけられているということが印象的でした。
低所得者層の住環境改善が、 ヨーロッパでは、 外国人居住者をどう受けとめていくのか、 あるいは、 低所得者層に対してどうやって住環境を提供していくのかという社会的な問題として、 単にフィジカルな面だけでは解決できないものとして認識されています。 おそらくこういった参加のプロセスが、 もう一度コミュニティを作り直すというプロセスにもなっているのではないかということを、 ドイツで話を聞いているときに感じました。
こういった住環境改善活動には、 二つの方向が出ていると思います。 一つは、 これまでの居住環境との連続性のないスクラップアンドビルドによる環境改善によって低所得者層が住めなくなる方向と、 もう一つは、 何とかこれまでの低家賃住宅を維持しながら改善していくという方向です。 この2つのことが、 結果として今、 見えてきているのではないかと思います。 こういった低家賃のかなり流動性の高い住宅が、 街に残るということもかなり重要なことではないかと思いました。
住み続けながらいかに改善するか
このページへのご意見は前田裕資へ
(C) by 都市環境デザイン会議関西ブロック JUDI Kansai