民俗地理学から都市を語る「故郷の景観について」
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1。 民俗学と都市

改行マーク僕が民俗学の研究をしていると言うと、 たいていの人は古い習俗とかお祭り、 お雑煮の食べ方を調べているんだろうと言われます。 確かに学生の頃はそういうことも面白くやっていましたが、 やっているうちに段々と分からなくなってきたのです。

改行マーク他人事としてのお祭りは面白いものです。 しかし、 僕は街に生まれ育ったので、 お祭りが僕にとってどういう意味があるのかが分からなくなってきたのです。

改行マークもともと、 民俗学は古いことを調べることが目的ではありません。 民俗学の始まりはとても新しいのです。 柳田国男が1930年代に「民俗学」を立ち上げた頃の日本は、 近代化がどんどん進んでいた時代です。 近代化は明治頃から徐々に進んでいたのですが、 昭和初期にはそれが一番過激に進行していました。

改行マーク大阪が「東洋のマンチェスター」と呼ばれて、 東京よりも人口が多くなった頃です。 その一方、 農村はどんどん荒廃していました。 当時、 柳田国男が九州の門司で、 道をとぼとぼ歩いていた年寄りの荷物の中身が山のような位牌だと知って衝撃を受けたというエピソードがあります。

 

図1「故郷と民俗学」  

改行マークそれまでの家や村が近代化の中で、 どんどん崩壊していたのです。 その中で、 日本人とは何か、 日本の文化とは何かを考えようと提唱したのが柳田国男で、 それが民俗学の始まりです(図1「故郷と民俗学」)。

改行マークつまり、 民俗学は近代化の中で考えていくのが本当の意図なんです。 それならば伝統的な文化財を研究するよりも、 都市化の中で人々の生活がどう変わっていくのか、 しかも日本的な変わり方とは何かを考えていくのが本当の民俗学ではないかと僕は思っています。 またそういう視点に立つと、 田舎よりはむしろ都市を見た方がいいのではないかと思っています。

改行マークですから、 1960年代の高度経済成長以降の動向を探り、 これからどうなっていくのかを考えることこそ本当の民俗学に違いないのです。

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