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神戸市の取り組み─コンパクトシティへ向けて

神戸市企画調整局 本荘雄一

小林

 これらのお話を受けて、 神戸市企画調整局でコンパクトシティを担当されている本荘さんのほうから、 神戸市の取り組みを含めてコメントをいただきたいと思います。

本荘

 神戸市の担当というご紹介でしたが、 今日は神戸市の職員としてではなく一個人として発言させていただきます。

 私は、 震災後には復興計画の策定の応援、 策定後は復興計画の進行管理をやってきました。 復興計画は10ヶ年計画なのですが、 前半の5ヶ年が経過した平成11年(1999年)度に、 これまでの取り組みについて振り返る作業をおこないました。 その際、 市民の皆さんと一緒にワークショップや、 一万人アンケートを実施しました。 その結果を踏まえて、 後半の五ヶ年のなかで取り組むべき施策を、 「神戸市復興計画推進プログラム」として策定しました。 さらに、 このプログラムの具体化を図るべく、 昨日事業計画も策定したところです。

 今後は、 このプログラムや事業計画の実施に進んでいくわけですが、 計画がうまく進んでいるのかどうか、 行政だけで判断するのではなく、 市民の皆さんと一緒に評価していくために、 まずは評価するための指標を市民参加も得ながらつくっていきたいと考えています。


コンパクトタウンづくりに向けて

 昨年策定した「神戸市復興計画推進プログラム」では、 目指すべき三つの柱と16のプログラムをあげていますが、 柱の一つが今日のテーマであるコンパクトタウンづくりです。 コンパクトタウンづくりを震災後の神戸のまちづくりの基本的な考え方として位置づけ、 総合的なまちづくりを進めていこうと考えております。

なぜコンパクトシティなのか

 コンパクトシティ・タウンについては、 最近聞いたところだというお話がございました。 神戸市はコンパクトシティという言葉を平成9年(1997年)10月に初めて公式に用いました。 笹山市長の市政方針の中でコンパクトシティづくりを進めることをと打ち出しました。

 それは災害に強いまちをつくる、 また平成8年(1996年)度に北須磨で発生した少年犯罪問題も意識しつつ、 犯罪を許さない、 安全で安心なまちづくりと子ども達が伸びやかに育つ環境づくりをハード・ソフト両面から進めて、 そして高齢者をはじめ、 全ての市民に便利でやさしいコンパクトシティを目指すというものです。

 その後、 平成10年(1998年)度にはコンパクトシティの考え方について調査を行いました。 その結果を「コンパクトシティ構想調査報告書」としてまとめております。

コンパクトシティという言葉

 このコンパクトシティという言葉は、 日本で生まれた言葉ではなく、 欧米、 特にヨーロッパで議論されたきた言葉です。 背景には地球環境問題があり、 その中で環境にやさしい都市の構造として、 コンパクトな都市構造が取り上げられています。

 1992年には、 オランダの国土政策の中でコンパクトシティづくりの推進が明言されました。 これには、 温暖化によって水位が上昇すると国土がなくなるという危機感をオランダが持っているという背景があります。 イギリスでも1990年代に入って国土政策のなかにコンパクトシティが取り入れられました。 イギリスでは地球環境問題やインナーシティ問題が背景になっております。

 このようにヨーロッパでは、 地球環境問題やインナーシティ問題を中心に、 コンパクトシティが打ち出されましたが、 日本に入ってきますと、 少子高齢化や中心市街地活性化の問題もテーマに含まれるようになりました。

コンパクトシティとコンパクトタウンの関係

 そうした背景から、 コンパクトシティは出てきた言葉なのですが、 コンパクトタウンは神戸オリジナルの言葉ではないかと思います。 コンパクトシティという場合に、 中小都市ならば一つのまちで完結するというイメージで捉えられるのですが、 政令指定都市では、 ちょっと規模が大きく、 都市の中にいくつかのまちがあって、 それが連携してコンパクトシティになると言った方がわかりやすい。 そこで、 コンパクトシティを構成する各地域の自律的な生活圏をどう呼ぶのかを色々議論をした結果、 コンパクトタウンで落ち着きました。

 コンパクトタウンは自律的な生活圏です。 そして、 それが連携してできる都市がコンパクトシティです。 その場合、 コンパクトシティレベルの課題とコンパクトタウンレベルの課題がそれぞれあると考えています。

 コンパクトシティレベルの課題は、 例えば仙台をはじめ東北の諸都市で言われておりますように、 市街地の拡大を防ぐといったことです。 これについては、 神戸はすでに手を打っております。 例えば線引きによって市街化調整区域を65%とっておりますし、 さらにそのなかの90%については自然との共生ゾーンとしています。 このように、 市街地の拡大を防ぐために都市の成長管理を既にやっていると考えています。

 したがって神戸ではコンパクトシティを構成する自律的生活圏をどう築いていくのかというコンパクトタウンレベルの課題に重点的に取り組んでいるところです。

コンパクトタウンづくりの課題

 コンパクトタウンが出てきた背景には震災の教訓があります。 また先ほども触れたように少子高齢化の問題、 商店街の衰退の問題、 それから北区西区では人口が減って小学校が維持できないという農村の過疎化の問題などがあります。 このような課題に対処するために、 地域に住む人たちが自分たちの生活を重視し、 子供からお年寄りまで安心して暮らせるまちづくりに取り組む「コンパクトタウンづくり」が必要であると考えています。

 コンパクトタウンづくりを進めるにあたり、 基本的にはまちづくり条例がベースになると思います。 しかし、 ハードからソフトまで多様な課題が出てきているなかで、 地域での取り組みを支援する仕組みが、 今のままでいいのかどうかが問題となります。 また地域の課題のなかには縦割り行政では対応できないものもあるのではないかと思います。 その時にどう横に展開していくのか、 施策をうまくつなぎ合わせていくのか、 また市の体制はどうあるべきかなどの問題を今、 検討しているところです。


地域に入っての調査─ケーススタディ調査

 ただ理屈で考えてもなかなか見えてきませんので、 積極的に地域活動に取り組んでいただいている地域に入り、 どのようなまちづくり活動をしていただいているのか、 進める上での課題は何なのか、 それに対して市はどう対応すべきかについて、 ご意見を伺いながら調査させていただいております。

 現在ケーススタディ調査を、 各区のまちづくり推進課で推薦いただいた10地区でおこなっています。

 東灘区は二地区あり、 一つは渦森台です。 この地域は昭和30年代後半から40年代前半にかけて(1960年代に)開発されたニュータウンです。 今は高齢化が一斉に進み、 建物が老朽化して更新が課題となるというオールドニュータウン問題を抱えています。 また、 歩ける範囲に施設があるかというと、 コープしかありません。 日常の用をどう満たすのかを今検討していただいております。

 開発の時にあった喫茶店や診療所などが経営が成り立たなくて既に撤退したぐらいですから、 施設をつくれという話では対応できないだろうと住民の方も考えておられます。 ですから、 自分たちでそういう機能をどうつくっていくのかが議論になっています。

 それからもう一つの地区の六甲アイランドでは、 基礎的な施設からより高次な施設までハードは備わっているのですが、 地域を支えるコミュニティをどうつくっていくのかが課題となっています。 そのため、 共通の活動テーマをいかに設定していくのかを議論していただいております。

 灘区では灘中央の水道筋商店街の衰退問題があるのですが、 その中で周辺の住宅地と一緒になってどう活性化していくのか。 今は環境をテーマとしたまちづくりが行なわれています。

 中央区では、 今日おみえになっている辻先生にお世話になりながら、 旧西国街道という歴史を活かしてまちおこしをしていこうという取り組みをしています。

 また兵庫区では、 区民まちづくり会議が主体となり、 地域にある「兵庫の津」という歴史的資源、 兵庫運河という自然的資源を活用しながら、 地域の活性化を図ろうという取り組みがなされています。 この3月には、 市に対して兵庫南部コンパクトシティ構想を提案していただきました。 それを受け、 市としてまちづくり推進課に担当主査を配置したところです。

 北区では、 大沢町ですが、 人口減という課題があり、 これを三つのテーマにわけました。 一つ目は農業の活性化、 二つ目は人口をなんとか増やせないか、 市街化調整区域ですので基本的には開発できないわけですが、 規制緩和のなかでその道も出てきたということで議論をしております。 それから三つ目として足の便が悪いということです。 バスが1日3便しか走っていませんので、 足の確保をどうしていくかを議論していただいております。

 長田区では、 鷹取駅南の野田北部地区です。 ここは震災前から積極的にまちづくりを行っており、 その結果復興も迅速に進んだわけです。 今、 まちづくりの第二ラウンドとして、 ハードからソフトに移行する時期に至っております。 これをどのようにしていくのかという議論がされています。

 さらに須磨区では、 須磨寺から国道2号線の綱敷天満宮までのエリアに須磨寺商店街があるのですが、 ここの衰退が問題になっています。 また周辺住宅地での人口減という問題もあります。 地域には源平ゆかりの歴史的資源があり、 それを活用して活性化を図るという議論をしていただいております。

 垂水区では、 舞子地区が対象となっており、 明石海峡大橋が見える風光明媚な地域ですので、 住民の皆さんと一緒にウォーキングマップをつくろうという、 ある意味でまちの魅力発見という段階での取り組みをしていただいております。

 西区につきましては、 7集落あるわけですが、 産業振興局がすでに「里づくり」ということで、 七つの里づくり協議会をつくっています。 ただ集落ですと人口の少ない所では15世帯、 多いところでも300世帯ですので、 活動にも限界が出てまいります。 そこで連携をして活性化に取り組もうというテーマで今議論をしていただいております。

 このように全市10地区のケーススタディ調査を現在やっており、 その結果を踏まえ各地区での住民主体のまちづくりが継続的に進むような仕組み、 市の体制について検討していきたいと考えております。

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