まちづくり実践ゼミ
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市場の再建(新甲南市場復興事業、 震災3周年に竣功)

大島憲明 ((株)都市問題経営研究所)


1.対象事例の概要

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図1 新甲南市場の店舖配置(住宅地図より)
改行マーク新甲南市場は、 東灘区にあり、 JR摂津本山駅と住吉駅のほぼ中間、 国道2号線のやや南側に位置する。 甲南本通り(南北の通り)の西側で東西約100m、 昭和27年に開設された、 関西に多く見られる長屋形式の市場で、 40軒の店舗が真ん中に通路を出し合い、 向かい合って営業を行っていた。 建物は、 木造の店舗併用住宅で、 それぞれの店舗が土地、 建物を所有しており、 賃借による営業は2軒(1軒は市場内に別に店舗を持ち、 土地所有者)であった。 震災直前は、 廃業や移転等により空店舗が一部にみられ、 営業を行っていたのは30軒である。 建物の老朽化が進んでいたことと空店舗の問題から活性化、 建替え等の検討が断続的に行われていたが、 実現に至らぬまま震災に遭遇した。

図2 事業概要

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図3 震災直後の新甲南市場


2.被災状況

改行マーク新甲南市場では、 人的被害は幸いにして免れたが、 市場の建物40軒全て全壊した。


3.事業の進め方と特徴

(1)事業手法

改行マーク事業手法は、 震災後、 復興支援のため補助率のアップ、 融資条件緩和等の助成措置がとられた以下の事業手法・制度を活用した。

改行マーク都市再開発法による市街地再開発事業の検討も行われたが、 単独再建意向の権利者も存在したため、 都市計画手続き等により復興時期が遅れるおそれがある法定事業より、 早期復興を最重要視し、 任意事業ではあるが上記の事業手法を選択した。 又、 他の多くの震災復興事業で活用されている総合設計制度については、 1階の店舗面積をできるだけ多く確保する必要と、 近隣との関係から容積消化が困難との判断から採用しなかった。
改行マーク事業資金については、 補助金(約4億円)のほか、 神戸市住宅供給公社へ住宅保留床(35戸)を処分することで事業資金の大半を調達(約13億円)し、 1階店舗部分のうち約40%を別途設立した協同組合へ処分(約3億円)することで賄っている。

(2)事業施行者

改行マーク新甲南市場復興事業を特徴づける一つとして、 市場商店主達が中心となって設立した株式会社が復興事業―優良建築物等整備事業の事業主体となったことが挙げられる。
改行マーク市場関係者(33名)の他に、 地域の消費者、 全国からの復興支援1株株主(46名)を募集した。 一般募集は、 大きな反響を呼び「復興に役立ててください。 」という義援金的な応募など200名近い応募があり、 事業目処がまだ立っていない段階であったが、 市場の皆が元気づけられる結果となった。
改行マーク事業施行者として公的デベ、 民間デベの導入も選択枝としてあったが、 「自分たちの市場は自分たちで再建する。 」と被災者自らが事業主体、 ディベロッパーとなる道を選択した。 役員は、 転出者の土地の買取り、 未同意者の説得、 行政機関との交渉、 事業資金調達、 工事入札、 住宅の処分など初めての経験で、 大変な苦労を背負うこととなったが、 結果的に、 地元がまとまり、 交換率(変換率)等条件面でも非常に良い結果となっている。 会社は、 事業完成後は、 建物管理、 駐車場運営、 周辺の復興事業の支援等を行うことになっている。

(3)神戸市住宅供給公社の事業参加

改行マーク市公社の事業参加については、 震災年の夏頃から神戸市、 公社への打診、 協議を始め、 翌平成8年4月に正式に参加覚書を締結した。 73戸の住宅のうち権利者等の取得する38戸を除く35戸を公社に処分し、 公社が一般分譲する。 これは、 神戸市住宅供給公社としてはもちろん、 全国的にも、 民間の建設する住宅を住宅供給公社が買い取り、 一般分譲する初めてのケースである。 そのような住宅を公社が買い取る際の住宅金融公庫の融資も全国で初めてのケースとなった。


(4)新甲南協同組合とセルフ方式の導入

改行マーク資金や年齢等の問題で再建後営業する店舗は12店舗にとどまったが、 再建後の市場運営の母体となる協同組合をこれら12店舗で平成8年5月24日設立した。

改行マーク協同組合は、 1階店舗部分1,400m2の約40%を高度化資金により取得するが、 営業する地権者が所有する等価交換部分(約60%)と協同組合の所有部分との共有が震災特例として認められた。 これにより、 市場としての一体的な店舗計画が可能になり、 震災のため廃業する業種や市場に必要な商品を充足するため、 セルフ方式の導入も行うことができるようになった。 高度化資金の融資を受けて協同組合が店舗を取得する場合、 他との共有はこれまで認められなかったが、 これも震災特例として初めて認められた。


(5)全部譲渡方式と税制

改行マーク事業手法は、 先述のとおりであるが、 具体的な手続きは、 住宅処分先の神戸市住宅供給公社が住宅買い取りの条件とした「全部譲渡方式」により進めることとなった。 事業施行者が一旦土地の全てを取得し、 建物を建設した後、 権利者が買い戻す方法で、 復興事業の大半の事業がこの方法に拠っているが、 後述するように一方で税制上の問題も存在した。  新甲南市場復興事業の流れは、 図4に示すとおりである。

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図4 公社買取・全部譲渡方式による事業の流れ
改行マーク全部譲渡方式の場合、 形式上は売買となるため、 以下のように税負担が余分にかかってくる。

 

改行マークこうした税務上の問題は、 阪神大震災の復興に限らず、 今後、 他の災害復興の際にも問題になると考えられ、 同様の事業手法をとる事業主体に呼びかけ、 請願運動を行い、 以下のとおり大きな成果を得ることができた。


1)固定資産税の特例適用―神戸市が制度化―
改行マーク神戸市においては、 平成9年2月26日の市議会総務財政委員会において新甲南市場からの陳情を採択。 固定資産税の特例の適用が認められ、 神戸市全域で同様の手法によるケースに適用されることとなった。 その後、 芦屋市においても同じ扱いとなる。


2)登録免許税の免除―国が制度化の方向―
改行マーク国に対しても要請をしたが、 今国会で「全部譲渡方式」の場合の登録免許税の減免について法制化が検討されている。


(6)資金計画

改行マーク事業費総額は、 約21億円で、 資金計画の概要は下表の通りである。 権利者は、 全体としては自己負担なしに住宅と店舗を取得することができた。


4.コーディネーター・コンサルタントとしての所見

改行マーク全ての建物が全壊の被害を受けたこと、 市場北側の店舗が建築基準法の接道条件を満たさないため、 単独では再建できないこと、 高齢者が多く、 商売の継続が難しい人が多かったこと、 等々、 「条件の悪いこと」が良かったというと、 皆さんに叱られるが、 結果的に、 震災によって、 それまでいろいろ検討されながら実現にいたらなかった「市場の活性化」、 「共同化」につながったといえる。

改行マーク「全ての店舗が全壊した」という悪い条件は、 全員、 条件が同じという共同化にとっての最良の条件でもあり、 さらに「何とかしなければ」という気持ちは、 共同化へのエネルギーとなった。 そうした共同化への条件とエネルギーが、 震災前の市場の商店主達の良い関係、 まとまりを土台に、 世代交代を促進しながら事業が実現できた要因である。

改行マーク商店主自身が事業会社を興し、 事業に直接携わることで多くの事柄についての議論がおこなわれ、 他のディベロッパーに任せることでは見えてこなかった問題も議論の俎上にのぼってきた。 前述の税制上の問題点とその解決は、 好例である。

改行マーク商店主をはじめとする権利者とディベロッパー、 コンサルタント、 行政(公社を含む。 )との四位一体、 信頼関係と役割分担とが共同事業の基盤である。 この事業では、 権利者自身がディベロッパーとなったが、 住宅取得や優良建築物等整備事業の補助等に関連して神戸市及び公社が関与し、 不動産、 法律、 税務、 登記、 測量、 建築設計、 商業、 内装、 工事に関係するそれぞれの専門コンサルタントや企業が関係した。 「自分達の市場は、 自分達で再建する。 」と決意した自立した商店主達の震災復興に向けた高い志と主体的な関わりが、 行政をはじめ関係機関の多くの支援、 協力を得、 先駆的な震災復興のモデルとなる事業を実現する最大の要因であったと思う。 こうした意味からも新甲南市場復興事業は、 多くの震災復興事業の中でも一つのモデルとなる事業である。


5.まとめと今後の課題

改行マーク事業においてはコーディネーターの役割が非常に重要である。 この事業においてもコーディネート機能がうまく働かなければ、 前進はなかったと考えられる。 事業は、 様々な分野が関連し、 総合されて成り立つ。 事業の立ち上げから、 関係権利者の合意形成等と同時に各専門コンサルタント間の調整まで、 限られた費用と時間の中で円滑に事業推進を図る。 しかし、 こうした機能、 業務への社会的認識はまだ乏しい。 設計業務の一部であったり、 他の業務の一部としてとらえられている。 補助体系の中にこれに対する費用が位置づけられていないことも原因の一つである。 誰がコーディネート機能を受け持つかにかかわらず、 独立した機能、 技術・ノウハウとして社会的評価を確立すること、 経済的裏付けを行い、 そうした人材が育つ社会的な背景を整えることが、 平時はもちろん緊急時における共同事業、 復興事業の円滑な推進に不可欠である。

改行マーク多くの問題、 課題を克服しながら、 震災3周年をもって竣功を迎えた新甲南市場復興事業は、 再建された建物だけでなく、 何よりも新しい「組織」と「人」を創出した。 最も大きな成果である。

改行マーク緊急時には日常のコミュニケーション、 絆が生きる。 同じ境遇にある者同士の連帯感もある。 この震災の教訓と共同事業の経験は、 新たな「組織」と「人」のコミュニケーションとそれを支える組織の経済的自立の大切さを教えている。 今後、 復興事業の主体であった市場商店主達が「新甲南市場復興株式会社」「新甲南協同組合」という新しい組織を通じて、 組織の目的であり、 復興の目的である市場再建を本当のものにすることができるか、 多くの震災特例を認めてもらい、 新たな制度を生み出すこととなった責任、 義務は、 それによって果たすことができる。

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