「よう、こんにちは」 とニコニコと笑いながら事務所に入って来た人物を、 犬田はすぐに思い出せなかったが、 すぐに彼のことを思い出した。 彼は、 ロードサイドを中心に最近出店を繰り返しているブックスローカルの店長、 吉川だった。 業界の酒の席以外では会ったことがなかったから、 ちょっと驚いた。
「きょう、 この先の店に配属されたんだ。 商売敵として、 これからは、 お前の店を潰すつもりでやるからよろしく。」こんな挨拶だった。
犬田は失礼な奴だと思ったが、 わざわざ挨拶に来てくれたことがうれしくて、 仕事を放りだして近くの喫茶店に誘った。 彼はすでに何回か犬猫堂を偵察済みだったらしく、 あの商品はどこから仕入れたとか、 棚の商品構成を誉めたり、 自分の店との客層の違いとかいくつか指摘した。 それから
「俺が来たからには、 お前の店は潰れるだろうな.。 まあがんばろうじゃないか」
と言って自分の店に帰っていった。
半年ほど経って、 業界の会合の酒の席で彼に会った。 犬田は、
「この間のお礼参りはうれしかったよ。あの時の話を参考に、 うちの商品構成を強化したからな」と少し強がりを言ってみた。
すると彼は、 嬉しそうに笑いながら、
「そうかそうか、 お前の店が潰れないのはそのせいか」と言った。
犬田は思う、
ライバルの書店人同士で友人を持つことは、 とても大切なことだ。 見えないものが見えてきたり、 販売のヒントを貰ったり、 計り知れない財産を身につけることができる。 近所の書店と親しくなり、 お互いにライバル意識を競い合うことはとてもいいことだと。
そして、犬田は駅前商店街の突き当たりにある西村書店の山口と、 随分長い間飲んでいないなと思うのだった。
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