フー助というのは、 先ほどの猫の名前なのだが、 犬猫堂のみんながそう呼んでいるだけで 、向かいの店主はその猫を 「ヨッチャン」 と呼んでいる。 フー助を昼間みかけることはめったにない。 夜遅くまで、 売上の計算をしたりして残っていることの多い犬田や猿山はその姿を時折みかけている。しかし、 昼間しかいない鶴田や寅は、 その存在を知らない。 フー助という名前は、 風のように気まぐれであるということから犬田の妻が付けたのだが、 その彼女さえフー助を見たことがないのである。
ある日、 電気が消え、 非常灯の明かりだけが灯る誰もいなくなった犬猫堂にフー助が入って来た。
「 結構良い店なんだけど、 整理整頓が苦手なんだよな、 この店のみんなは。 ほら、 寅の食べ残した昼間の弁当のが流しに残っているよ。 食べられないのに2つも買って来て、 あいつは食べることだけなんだからな。 ほらほら床に消しゴムが落ちているよ。 チャンと引き出しにしまえよな。 消しゴムがないって朝から店長が大騒ぎするのが目に見えるよ。 さっきまでレジの金が50円足りないって騒いでいたけど、 机のしたに落ちてるし。 ああ見てられないよね、 ここの連中は。」
フー助は、 ひとしきり消しゴムを転がして遊んだ後、 事務所を出て売り場に来た。 フー助は売り場が好きだ。 なぜなら本の匂いが何故か心を落ちつかせるからだ。 インクと紙の匂い、 それが欲しくて、 フー助は犬猫堂にやって来る。 そして平台のくぼみを見付けてじっと目を閉じるのだった。
朝、 犬猫堂に真っ先にやってくるのは、 犬田である。 その日の予定を確認して、 朝礼でみんなに伝えるのである。 そのメモを書こうとして気付いた。 消しゴムがない。
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