その44

《満身創痍》

 ヒナは、 人差し指に痛みが走るのをおぼえた。
「アッ、痛ーあ。またやっちゃった。」
本の帯が破れていたので、 本と本の間に手を入れて帯を抜き出そうとしたときである。 帯で指を切ったのである。
 紙というのは、 凶器である。 その切り口はカミソリほどの鋭さがある。 これは経験したことのある人でないと分かりにくい痛さだ。 切った瞬間、 血は出ないが、 ジワジワを血が滲みだし、 ズキズキとした痛みが続くのである。 こういう場合、 バンドエイドか何かで血を止めなくては、 本が血で汚れてしまう。 ヒナちゃんはレジに行って、 鳩山さんから、 バンドエイドを貰った。
「よくやるわねー。 気を付けないとダメよ。」 と鳩山はヒナのドジぶりに呆れながら言った。
「しょうがないじゃない。 気をつけてるけど、 やってしまうんだもん。」
 ヒナは3日前にも薬指を切っていたのである。 やっと傷がふさがった頃にまたやってしまったのだから、 そう言われてもしかたがない。
 書店というのは、 傍から見るほどきれいな仕事ではない。 ほこりは多いし、 紙が油を吸い取るから手が荒れる。 また重労働である。 本はほんとうに重い。 本が送られてくるダンボール箱は約15キロはある。 重い、 危ない、 汚いというところかもしれない。

 ヒナは家に帰って風呂に入りながら、 しみる指を眺めながら思った。
 「紙で手を切る商売なんて書店くらいなものじゃないかしら。 誰かにその指どうしたの?って聞かれたら、書店で働いているって言おう。傷は、 書店で一生懸命働いているという証なんだから。」
そう思うとなんだかその傷が可愛らしくヒナには見えた。

 翌日、 出勤すると鳩山から声をかけられた。
「ヒナちゃん、 指、 直った。?」
ヒナは、 手を大きく広げて鳩山に見せながら言った。
「ほら、 一つは完全に復活。 それから昨日のは、 今日一日こうやっておけば、 すぐに直るわ。 だって私若いから。」と笑いながら答えた。

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