その47

《倉庫を守る酔っぱらい》

 藤川は、 東京へ行くと、 書店の販売促進だけではなく自社の商品を預かって貰っている取次店の流通倉庫へ出掛ける。 流通倉庫の仕事というのは、 書店の業務と基本的には変わらない。 書店が直接お客さんに本を売っているのに対し、 流通倉庫では、 書店というお客さんに本を売っているのである。 だから書店がお客さんがどんな本が欲しいのかということに常に気を配っているように、 流通倉庫では書店がどんな本を必要としているのかについて気を配っているのだ。

 もう随分と前の話ではあるが、藤川が訪れた流通倉庫の担当者との話である。担当者の名前は柳田と言った。
藤川が流通倉庫を訪れると柳田は、カバーが少し汚れた本を持っていた。
「藤川さん、申し訳ないけどさ、 この本のカバーを一枚送ってくれるかな。ちょっと汚れちゃって。カバーをまくのは僕がやっとくから、次の送品の時必ず入れといてね。」
とその本を別の棚に置いた。藤川は、現品で交換したほうが手っ取り早いと思ったのだが、わざわざカバーをまき代えてくれるという申し出をうれしいと思い早速手配した。
またこんなこともあった。
藤川が見れば、どうしても在庫が多すぎると思われる本の在庫を調整を相談したときのこである。
「藤川さん、この本は売れてるよ。こういうのはしっかりと在庫を持たなきゃ。多すぎるってことはないんだよ。もしも在庫を切らしたら書店さんに申し訳ないでしょう。藤川さん、大丈夫これ全部売れるから。」
と彼は自信満々に言う。それからこんなこともあった。
注文短冊を手に持って藤川に、
「品切れとか重版中とかいうおたくのハンコをつくってよ。 うちにないからといって藤川さんのところまで短冊を流していると、 書店さんが品切れだってわかるまでに時間がかかるからね。 うちに在庫がないものは電話するから、品切れとか重版中だとか教えてよ。それで僕が藤川さんの代わりにハンコをついて書店さんに戻すから。ね、そのほうが書店さんに親切だよ。ちょっとじゃまくさいけど、ハハハ。」

 今ではコンピュータが、 注文数はこれだけだよとか言ってくれるが、 以前は担当者が目で見て、 よく売れてるから在庫は多めにしないといけないとか、 これはあまり動かないから在庫しておくほどのことはないとかを判断していた。 それは書店の業務と同じくらい気を使う仕事であり、 経験がものをいう仕事でもあった。
 柳田は取次店の流通倉庫という場所にいながら、 出版社の人間の顔、 そして書店さんの顔、 さらには読者の顔すら見えていたのだと藤川は思う。 それぞれが喜ぶ顔、 悲しむ顔が仕事をしていて見えていたのだと思う。 だから自分の仕事に誇りが持てたのだと思う。
 彼は時々藤川に言った。
「おたく 、良い本出してるね。 書店でも売れるだろうし、 それにお客さんだって喜ぶよ。」
それが見えすいたお世辞であると分かっていても、 本を書店に送り出すことに喜びを感じている彼に言われると、 飛び上がるほど嬉しかったものである。

 彼は仕事が終わると、 ギョーザでビールを飲むのが好きだった。 一日の仕事をギョーザとビールが癒してくれていたという訳である。 業務がコンピュータ化された今、 別の場所で働いているが、 藤川は倉庫を訪れるたびに、 コンピュータによって管理された業務がどれほど利益を上げたのか、 ふと疑問に思ったりするのだった。

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