あとがき

《ご愛読ありがとうございました》

 一年間の連載を通じて100のエピソードを綴ってきた訳だが、今思うのは、書店の現場で起きる出来事は数限りなくあり、僕が書いたことはほんの一部に過ぎないということだ。そしてこれからも、書店の現場では数限りないエピソードが生まれていくのだ。

 書店をめぐる環境はこのところ急速に変化しつつある。1000坪を越える巨大書店の登場の陰で、1000坪分の書店が消えている。POS自動発注の導入による業務コストの削減、そしてそれによってもたらされる人員の削減と一人当りの持ち場の拡大、アルバイトの比重を多くする労働管理、自転車で本の配達をする書店がある反面、客注を断る書店の登場、今売れる本の販売だけにシフトしてしまった書店、システムの開発競争や新規開店の開拓、そのシェア争い奔走しているように見える取次店、マゾン・コムに代表されるインターネット書店の登場など数え上げたら限がない。

「書店なんて、儲からないからやめなさい。」
なんていう言葉はとっくの昔に、説得力を失ってしまった。他業種からの参入や相次ぐ支店の開店の状況を見ていると、書店は儲かる商売と見られているらしい。細々と出版活動を続けている出版社と、細々と営業している書店という構図は、今や昔の話となってしまったようだ。

 出版物の販売が二年連続でマイナス成長になったことが話題になった。逆に言えば、これまで増え続けていた売上は、読者人口の増加を意味していたということだ。そして増え続けていた読者を置き去りにして、売ることだけに邁進したツケが回って来た、としか言えないような突然のマイナスは、決して不況のせいだけではないと僕は思う。
 本という商品の多様性や、本という商品の売り方の多様性に目をふさぎ、画一的で効率的な販売こそ売上を上げる道である、と指導したのはいったい誰なんだろう。コンビニと書店ではその商品の扱い方が全く違うにもかかわらず、POSという同じ道具で全商品をコントロールしようとする愚かさは、自動発注というPOS本来の目的から逸脱した形でこの業界に定着しようとしている。
 《1年に1冊売れる本》と《1年に1冊しか売れない本》の違いは、POSからは見えて来ない。《1年に1冊売れる本》は売れれば補充しなければならないのだが、《1年に1冊しか売れない本》は、補充する必要がないのだ。こうした判断が、書店の「現場の記憶」として受け継がれなければ、書店の仕事はコンビニのそれと同等になる。もしそうなら利益の少ない書店なんか辞めてしまってコンビニをやればいいのだ。

 本を読む人が減ったから売れない、不景気だからみんな本を買うのを控えている、あちこちに大きな書店ができたから売れない、そんなことはみんな嘘だ。書店の仕事とは何かを思い出して欲しい。1冊の本が売れた時の喜び、そしてその1冊を仕入れた理由、売りたいを思った理由を。忘れてしまった事柄の中に、販売のヒントが隠れている。

 僕は風化しようとしてる書店現場の記憶を書き留めることで、本を売るということが割に合わない労働であるが、その労働の喜びが本という商品を売ることでしか味わえない喜びであることを伝えたかった。そしてその喜びがあるかぎり書店の売上は伸びるのだと信じるし、その喜びなくして書店の仕事は成立しないと思っている。

長期にわたり拙い文章にお付き合いいただいた読者の方々に感謝します。

 尚、ここで紹介したエピソードはフィクションではありません。モデルにさせていただいた方が、現在書店で店頭で活躍されていることを付け加えるとともに、故人となられた方には、追悼の意味でその想い出を文章にさせていただいたことをここで明らかにしておきます。

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