「模様硝子」






先だって、酔った客が手洗い横の衝立硝子を割った。
普段は気にも留めぬ模様硝子であるが
女中が片付けるを眺むるに、中々惜しい気持ちがしてきた。
何風ともつかぬ、妙な柄をしていたからかも知れぬ。

妙といえばもう一カ所、つと変わった模様硝子がある。
應接間の硝子戸である。
四枚で組になっているのだが
よく見れば、これも何の柄なのかさっぱり見当付かぬ。
右真中の髭の生えた長細いのなぞ、
カッサバのようにも見えれば、寄生虫のようにも見える。
或いは何某かの骨のようにも見える。
またその左の壺の様なのは
実生のようにもウツボのようにも見える。
到底洒落ているとは思えぬ柄であるが
見れば見るほど何故か気になって仕様がなくなる、
そんな妙な硝子戸である。

手洗い横の衝立硝子は、
先の止んだり始まったりと長引いた大戦以来のこと、
思う処ある東欧の良いものが手に入らず、
未だ空洞のままにある。
かつて亜米利加が
原子爆弾なるものを我が国に落とさんとしていたことを鑑みれば
模様硝子の一ツや二ツ、
取るに足らぬ話なのではあろうけれど。








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