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品切絶版4月14日・横浜市、大曽根悦士氏より 意外と平易だが、却って、その為難解なところがある。
■朝日新聞(大阪本社)、3月28日夕刊11面記事より ソシュール「一般言語学 第三回講義」 忠実な講義ノートから新訳 20世紀の思想界に大きな影響を与え、構造主義の創始者とされるスイスの言語学者フェルディナン・ド・ソシュー
ルの『一般言語学 第三回講義』の新しい翻訳が出た。今回訳されたのは、58年に発見された受講生コンスタンタンのノートで、3回目の講義内容の最も忠実
な記録とされている。ソシュールは、1907年から11年にかけ、ジュネーブ大学で3回にわたって「一般言語学」の講義をした。彼の没後、講義を聴講して
いない弟子のバイイとセシュエが、数人の受講生のノートを元に編集、再構成し、16年にフランス語で『一般言語学講義』の題で出版した。28年に言語学者
の小林英夫さんにより邦訳され、現在岩波書店から出ている。しかし、その後、新たな講義ノートの発見や研究の進展などから、バイイらの編集した書物は、書
き換えや加筆などが施されていたことが明らかになった。今回の翻訳にあたったのは、京都在住の日本語教師の相原奈津江さんと元作家の秋津伶さん。生前まと
まった著作を残さなかったソシュールの思考の過程をよく示すものとして、専門家からも注目されているという。 ■3月5日・富士宮市、永松清明氏より
ついに出ました!! いままで小林訳を何回も「ようわからん」と思いながら読んでいましたが、ようやくまともな展開の筋が見えました。訳者の方々と貴社の英断に感謝します。うれしく2冊買いました。
■3月3日・松山市、西耕生氏より
いまから二十年ほど前に学生時代を過ごした国文学をまなぶ一人の学生にも、ソシュールの名は聞き覚えがありました。丸山圭三郎氏の著述を通してソシュールの講義に近づきたいと願っていた思いが、今こうして「平易な」翻訳によって実現したことに、深く感謝しています。
■読売新聞(大阪本社)、2月27日・夕刊8面記事より
(リード文省略) ソシュールの「講義」は1907年から11年にかけ、ジュネーブ大学で3回行われ、今回、翻訳されたのは3回目の講義の筆記のうち、最
も内容の充実した学生エミール・コンスタンタンのノートだ。生前、ソシュールはまとまった本を残さず、学生らのノートを授業に出ていない弟子のバイイとセ
シュエが再構成、16年にフランス語で「一般言語学講義」と題して出版した。小林英夫による28年の日本語訳をはじめ各国語に翻訳され、日本語版は現在、
岩波書店から出ている。ここで論じられた言語の<構造>概念が、文化人類学のレヴィ=ストロース、精神分析のラカン、哲学のフーコー、文芸批評のバルトら
に受け継がれ、構造主義と呼ばれた。構造主義は人間を構造の中の一つとしてとらえ、それぞれの要素は、他の要素との関係の中でのみ意味を持つと考えた。こ
れに対し、サルトルらは歴史と人間の主体性を否定する冷たいイデオロギーだ、と非難した。しかし、50年代に新たな講義ノートが次々と見つかり、本にする
際、複数のノートを切り張りして並べ替えたり、加筆や書き換えたりしていたのが判明、こうした批判が当たらないことがわかってきた。一部のノートを収録し
た論文や、新出のノートと照らし合わせた「校訂版」が出版され、日本でもソシュール学者の丸山圭三郎(98年没)が「ソシュールの思想」(岩波書店刊)な
どで新資料の要旨を紹介したものの、翻訳にまで手が回らなかったという。新翻訳では「静態言語学と歴史言語学」について、「言語の変化に時間が介在する事
実は、言語なるものの様々な条件にとって、とりわけ重要な出来事」としている。言語を歴史的産物と断言しており、ソシュールを反歴史主義とする従来の見方
と大きく食い違う。弟子らの編集した「講義」には、言語とは反歴史的なもの、という印象を与える文章が散見されるが、それらはすべて、書き換えられたこと
がわかる。また、結びとして有名な一文「言語学の独自・真正の対象は、それじたいとしての・それじたいのための言語(ラング)である」も弟子たちの創作
で、コンスタンタンのノートでは、ソシュールは「言葉(パロール)からしか言語(ラング)は発生しませんでした。言語を発生させるための一致を生むには、
数多くの言葉が必要なのです」と語る。それは社会的な規則である言語だけでなく、個人が発する創造的な、時には変則的な言葉も重要であることの指摘だ。解
題を寄せた西川長夫・立命館大学教授(フランス文学)は「どうして『一般言語学講義』の新訳が出ないのか疑問に思っていたが、この本のソシュールは非常に
明快で、これまでの深い霧が晴れていくようだ」と話す。この翻訳で構造主義や、構造主義批判から生まれたポスト構造主義への見方も変わるに違いない。(森恭彦)
■[本]のメルマガ vol.133 2月25日記事より
かの有名なソシュールの『一般言語学講義』(岩波書店)が、セシュエとバイイという二人の研究者によって、聴講者たちの複数の筆記ノートをもとに大胆に
「復元」されたものであることは、つとに知られてる。それゆえ世界のソシュール学者たちは、師の肉声にいかに遡り、いかにその思想体系の正確な輪郭に近づ
くか、常に挑戦を続けてきたと言っていい。二〇世紀初頭、ソシュールの最晩年に行われた、一般言語学講義全三回のうち、日本ではこれまでA・リードラン
ジェによる第二回の講義録の序説部分が詳細な註釈解説付きで『ソシュール講義録注解』(前田英樹訳、法政大学出版局、1991年)として邦訳出版されてい
る。そして今回、京都府長岡京市の小出版社エディット・パルクから邦訳出版されたのは、エミール・コンスタンタンによる第三回講義の記録の全訳である。訳
者は日本語教師の相原奈津江と、かつて埴谷雄高に一目置かれた小説家である秋津伶の両氏。コンスタンタンによる三回分の講義録は、学習院大学の小松英輔教
授らによる国際的な共同研鑚によって、Pergamon
Pressから90年代に刊行されたもので、現在第三回講義録の巻は絶版となっており、入手困難だが、このたびソシュールの生前最後のこの講義をもっとも
良く伝えるものとされるノートが邦訳されたのは、ひとつの事件だと言っていいだろう。解題「甦るソシュール」を寄稿した立命館大学の西川長夫教授も、本書
の刊行を心から祝福しており、内容についても次のように絶賛している。
「相原・秋津両氏によるコンスタンタンの邦訳を、フランス語の原文と対照させながら読んでゆくうちに私は深い霧が次第に晴れてゆくような爽やかな快感を味
わった。それにしても『一般言語学講義』とは何という違いであろう。バイイ、セシュエが編集した『講義』とは違い、コンスタンタンのノート(第三講)には
思考の流れとリズムが忠実にたどられている。ある種の優れた探偵小説を読む快感にたとえるのは不謹慎だろうか。ラングという目に見えずとらえどころのない
犯人の正体が、順を追った慎重で鮮やかな手続きを経て次第次第に明らかにされてゆく。(中略)純粋な国語や国民文化の概念にとらわれ、それと知らずにナ
ショナリストになっている読者や言語学者の目を覚まし、現実に立ち返らせる効果があるだろう」。
当メルマガでも取り上げたことがあるが、ソシュール自身の「一般言語学」の覚書は昨年年頭にガリマールから出版され、邦訳が某大手出版社から 刊行されるべく着々と準備されてはいる。しかし、講義者自身が用意したノートと、ノートを元に実際に語られた講義の内容が、まるっきり同一のものであると いうわけではないだろう。ソシュール自身の『一般言語学文書』がいずれ翻訳されるとしても、コンスタンタンによる筆記録の邦訳である本書が、その役割の意 義を失うことはない。ソシュールの命日に合わせ、2月22日に刊行された本書は、地方小出版流通センター扱いで、全国の書店から注文できる。神保町の書肆 アクセスの店頭にも並んでいるはずだ。 |