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しだれて桜 2
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しだれて…桜 1
しだれて…桜 2


2024年12月15日 佐伯圭子氏(Messier 同人) 

内藤惠子詩集『しだれて…桜』を読む  ー智を彩る繊細な詩心、見詰める命ー 
          
 この度、内藤惠子が近年の作品を新詩集『しだれて…桜』に纏められたことを心から喜びたい。五冊目の著作である。
 巻頭詩の次に置かれた「デコポン」を、我々の詩誌『Messier』で初めて読んだとき、その芸術性の薫りに目を見張った。デコポンが平面に実態を表し、やがて重量さえ獲得し、人体にも似た突起を獲得する。全行を紹介しよう。

    デコポン
  白い平面に
  橙色の球体
  緑のでこぼこ
  テーブルの上の陰影
  壁に並ぶ果実二つ
  重い
  慌てて両手で受ける

  丸く突び出す先端
  中へ落ち込み
  まわりは盛り上がる
  胴体につく突起

  皮をむく

 最終行の〈皮をむく〉は秀逸である。あたかも、爽やかな芳香を放ち、酸味、苦み、甘味を秘める本物の果実の皮を剥くかのごとき期待に満ちた指先さえ感じさせる。
 次に置かれた「胡蝶蘭」は芸術ー絵画・音楽・詩などの相関を解りやすく説いている。硬質な知力がこのような描写となって表れるのが内藤詩の特徴でもある。一連目を次に示す。

  じっと見つめる  
  ひたすら写す
  蝶 ひとみから舞い込み
  脳内宇宙を飛び回り
  指先から羽ばたく
      (「胡蝶蘭」第1連)

 詩集の全体は七章に分けられ、第 II 章には長年住んだ京都の名刹巡りの詩がある。
 かつて夫君と過ごしたドイツから迎えた、遠来の友を案内した時に生まれた詩、「落柿舎 ラインハルト・デールへ」と「廬山寺」があり、その2編と表題作「しだれて…桜」にはドイツ語訳がついている。(内藤は大学でドイツ語の教鞭を執っていた。)
 「真蔵院」では地蔵菩薩の傍ら、詩人は静寂に身をゆだね、偉大な詩人で文学者のゲーテのことばに思いを馳せる。次に紹介する。

  天蓋のもと
  すっぽり座り込み
  静寂に身をゆだねる
   (「真蔵院」5連目)

 そしてゲーテの、次の詩が呼応するかのように共鳴して引用される。それは、誰にも訪れる、限りある命への静かな思いだろうか。
  
  すべての頂きに
  憩いあり
  すべての梢に
  そよぎ一つきこえず
  鳥は森で沈黙す

  待てしばし
  お前も又憩うらん
        ゲーテ

 作者は、ゲーテのこころを静寂、沈黙の中で受け取り、己がこころと重ねている。まさに時空を超えて紡ぎ受け取る、ふたりのことばの交叉に詩の恩寵を感じる。
 次の「大賀はす」では、太古から綿々と繋がる命の循環が遠大な視点で描かれ〈円環〉を感じている。〈円環に円環が交差〉と表現されてー。
 最終連の〈重い〉の2文字は、普遍性を持つ命の重さとして読者に届いていく。

 III 章では、その命の姿がさまざまに、自他を越えて描かれている。「水玉」は恐らく身近な人(夫君)の喪失の詩だろう。
 〈葉上で水玉を揺すり/転がし 蓮の花/するりと零す あなたを〉
  次の「恋歌」は、寄る辺ない心情が噴出する看過できない言葉で描出されている。屹立する行を次にあげる。

  雑木林に
  そそり立つ木の間を
  さ迷い歩く

  巨木の太い幹
  しがみつきたい
  若き漲れる脈動を
  聴いてみたい
  強靭な枝にぶら下がり
  ぶらんぶらんと
  揺られてみたい(1連、2連目)

  痛いの痛いの飛んで行けと
  呪文を唱えてくれないものか  (5連目)

  存在の重さを
  ひとり地球に預け
  すべり落ちぬよう
  足を踏ん張る  (最終連)

 この詩集全体も内藤惠子の、踏ん張る力によって生まれた渾身の一冊であることに間違いない。
 「富士と煙突」「残響はバダンと」は、二作とも病者との交感。武蔵野の病院の吹きっ晒しで富士をうたう草野心平を登場させ、わが身に置き換えて紡ぐことばの切迫感が読者を打つ。そして「遺影」では〈部屋に戻ると/残された遺影/紙一枚/はるかに去った人/そこに居る〉。
 写真を見るたびに声をかけるが、返ってくる言葉はない。寂廖感溢れることばがこの章を占めている。
 そして詩人は大自然が育む樹々や花々と交感し、会話するかのように武蔵野を巡り、小金井を歩く(「武蔵野の記」、「小金井の風」)。
 内藤惠子の自然を見る目は、生半可ではない。しかしその中に遊び心も隠さない。VI 章の「パチンと…」では、散策の途次、老女の植えた桔梗の蕾を ”パチ ンとやってはゴメンヤス”と潰していく話。次に「花泥棒」では花の蕾や香りを頂き、拾っては〈私は花の庵主/魔除けの花びら/扉の上で人を招いて〉と、独 りの心を遊ばせる。

 VII 章は散策の途次の風景、特に「紫陽花」「花舞」「花姿」「梔子」など、あくまで智で捉えながら情感豊かに対象を描いている。
 表題作の「しだれて…桜」には先にも書いたが、ドイツ語訳が付いている。また最後に付記しておきたいのは内藤惠子の詩には文語表記が散りばめられている ことだ。それは過去の著書で短歌などの定型詩のドイツ語訳を多く手掛けているからかもしれない。其の文語表記は内藤詩をリズミカルで独特の味わいがあるも のにしていると思う。(略)
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