俳句絵解き草子(10)    
磯 野 香 澄
身の丈の蛇と向き合う茶室跡 香 澄

伏見の勧修寺のその池は大きくて、少し行くと木の枝にこの先危険と書いた札がぶら下がっています。でも行っては駄目だとは書いてないので何が危険なのだろうと気をつけ乍ら、池の縁の細い径を進んで行きました。ここは手が回らないのか広過ぎるのかなるが侭と云った感じです。私達にとっては望んでいる所とばかりに奥へと行きました。大きい木が繁っていて池の縁は欝そうとしています。もうこれで自然の状態になるのかと思っているとその径は左へ曲がり、池がちょっとした入江になっています。そこはきれいな石組の一角で立て札に茶室跡と書いてあります。道理で佳い感じやと思ったと、その気で見て行くと山手から水が引ける様にした石や玄関らしい所とか池へ下りられる様な所とか、生い茂った樹木で上に建物がなくても良い感じなのです。丁度ベンチが置いてあったので二人で話し込んでいました。目の前は大きな木が池に斜めに突き出て生えています。良いロケ−ションです。何気無く前の木に目をやると大きな蛇が斜になった太い幹を下りて来ました。蛇は私達が来る前から登っていたらしく、何時迄待っても人間が立ち去らないので辛抱できなくなって下りてきたとみえます。しかしその木の根は私達の足元から五○センチ程より離れて居ません。蛇にしたらそこへ下りて行くのは勇気がいると思うのですが。私達も話が盛り上っているので蛇様のお通りの為に立ち退く訳には行きません。中途迄下りてきた蛇は止りました。蛇の目と私達の目の高さは同じです。長さにしたら私達より大きい蛇は頭を下にして立ち往生です。「この蛇おりたいのやろなあ」「こんなとこでさかとんぼりになっとるのもしんどいで」「足元がもうちょっと離れてたらと思てるやろなあどうするのやろ」長い時間向き合っていました。遂に蛇は斜めの幹に止まっているのが限界になったのか、少しづつ下りて来て私達の足元を通って池の方へ姿を消しました。お茶室の跡と云うめったに無い場所とめったに無い蛇との出会い。野生の生き物と時間を共にした面白い経験でした。

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