俳句絵解き草子(15)    
磯 野 香 澄
嵯峨御所やみかどと巡る秋の廊 香 澄

観月のゴンドラがまだ繋留してある大沢の池を一と巡りして「帰るのも早いし大覚寺の中観て来う」と拝観入口の門を潜りました。終いかけている受付の人に「遅くて済みません」と言いますと「いいですよどうぞ」と丁寧に迎え入れて貰えました。他に拝観人の気配は全くありません。すぐに本殿の廊下へ出ました。廊下から程良い距離に松林がしつらえられていてその外側の屏が松の間から見え隠れするのです。その端正さに私は無意識に背筋が伸ていました。こんな格調の高い光景をじっくり体感出来た事は始てです。彼もその体感を味わっているのか二人はゆっくりと格調高い廊下を進んでいました。庭の中の松林にふさわしい松の大きさに広重の東海道の絵の中にいる様な幻想の世界へ引き込まれて行きました。その時『みかど』と言う言葉が後頭部に湧くのです。私はこの現実と幻想の合いまったクオリテイの高い時間と空間の中で、みかどの高さを体感させて戴いていました。間も無く廊下は左へ曲りお堂の中央に額が掛かっているのでここが正面なのだと見上げると、御影堂と重厚に書いてあります。中は見られそうもないので向きを変えると四五段の上り口があるので一段降りて廊下に腰を下しました。先に座った彼に続いたのですが彼はさっと立ちました。『あこは正面の門なんだ』と気付きその端正さに凄いと思った時です。その風景がこっちへ迫って来るのです。「迫って来る」と彼に言いました。「廊下に正座せい」と彼が言います。言われる侭に正座しました。何と言う端麗な。御門の形の良さそれに左右へ伸びる植込みの姿形。寸分の隙も揺るぎもありません。夕方の気配の漂って来た色合いにこれまた現実と幻想の合いまった光景。私は香澄でなく一人の人としての目で対時していました。暫く経って「俗人て見たらあかんなあ」と言いますと彼は「そいで正座せい言うたんや」私は彼がよう知ってるなあと感心し乍も、私が座りかけた時彼がすぐ立ち上った事を思えば彼も迫られた?とニヤッとしました。虚実のはざまのリッチな回廊巡りでした。

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