俳句絵解き草子(16)    
磯 野 香 澄
沼守の熊手の音や菖蒲咲く 香 澄

上加茂の山裾に太田の沼と云う小さい沼があります。ここは旧市街地の北端で、その山が高野川の西側に迫り川から少し西へ行くと、宝ガ池があり、そのすぐ西に深泥ガ池、更に西へ来て太田の沼とこの三つがほぼ直線に並び、その西に加茂川と等間隔に水があるのも面白いですし、昔はそれが氷室の道から光って見えたそうです。ここは又京漬物のすぐきで知られる所で、今は色んな処で作られていますが、この沼と同じ土壌で採れたのをこの地と同じ湿度の範囲で漬けられた物が美味しいすぐきだと思うのです。そしてすぐきも菖蒲も同じ様な地質が好きなのか、この太田の沼に昔から菖蒲が自生していて天然記念物に指定され太古からここに咲き続けているそうで、紫色のこの花に畏敬の念すら覚えます。それは人がこの地に住み着いてどんなに長く見積っても一万年。菖蒲は気の遠くなる程昔、原始の時代からここで進化してきたのですから、京都に住む者が土地の者と威張てもこの菖蒲の前では新参ものです。この沼の奥に太田神社と云う古いお宮があってこの沼は神社の沼なのですが、この太田神社は小さい祠が六つと少し大きめのが中央にあって地味な神社です。この地はとても富裕な集落で上加茂神社の社家の家並があったり、上加茂と云えばお金持ちと云った感じの土地柄でその中にある太田神社の粗末さは何か不思議な気がするのですが、でも反面今となれば貴重な存在で、菖蒲を見に来てついでにお参りする私達に安らぎが戴けるので、今後もこのひなびた侭であり続けて欲しいと願っているのです。そして太田の沼の菖蒲がなるべく自然の侭に咲き続けてくれる様にと思うのです。でも今は周囲が変化するので沼だけが太古の侭とも行かず、これは書きたくないのですが、一時ひどく荒れて菖蒲を稲を植える様にして植え替えて今の美しさが保たれているのです。見にくる人も毎年増え私達も気ままに訪れて今年はどうだこうだと見ていました。その時沼守さんの熊手の音が聞こえて、天然記念物も今は手入れあってのきれいな花と見ていました。

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