俳句絵解き草子(17)    
磯 野 香 澄
お香澄む根本中堂夏木立 香 澄

私は不思議と思う事や気分になったのを何回か経験しています。しかしこれを理の上に成った現象だろうと大抵そう思っているのですが、根本中堂でのあの感覚は理屈では捉え様がないものでした。どんな感じがしたかと言いますと、駐車場に車を置いて大勢の拝観人に混って杉木立のなだらかな坂を少しのぼり、左に折れて建物が見えました。はじめて見る延暦寺の建物に何か違うと言う気分がしていました。それは今から思えば裏からと言うか上からと言うか反対から行ったからだと思うのですが、でもひょっとしたらここから私の感覚が強くなっていたのかも知れません。根本中堂と言う建物に近付くとお香の佳い香りが漂っているのです。私は『ここは普通のお寺より高級な香を使こてはるのやろか』と思い乍ら正面迄きました。そして腰の高い廊下と言うか縁側迄寄って行って中がどうなっているのかお部屋と言うかお堂の中全体に目を配りました。暫くすると私の身体が炎が立っている様にす−と真っ直にたっていて回りから気の様なものに押されると言うか支えられると言うか、私の気が真っ直に立っていて離陸前の気球が垂直に立っていて回りの空気が気球を支えている様な、私の気をお堂の気が取り囲んで真っ直に保って居てくれる感じなのです。私はお堂の外にいるのに私の心はお堂の中央にあるのです。私の気は倒れ様ともせずと言うか倒れる事のない世界にいるのです。彼もそばにいるのですが、私は一人気の世界にいるのです。結構長い間続きました。彼も無言で付き合っていました。この事を言うと彼は「それは感応してるのや」と云います。私は「そらまあそうや」と云いました。感応の呪縛から解放されて辺りを見回すと杉木立に囲まれ下界と言うか京都の極暑に引き替え、涼しい夏木立の中、お香の涼しい澄んだ匂いが漂っていて爽やかな気分でした。無信心な私ですが自然の現象にはどんな事でも畏敬の念で句材として有り難く賜っているのです。

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