俳句絵解き草子(18)    
磯 野 香 澄
春風や匂いをもらす香工場  香澄

街を歩いていた私は『あの匂い』と思わず一年前の記憶が甦りました。東山七条の南から山科へ抜ける道があって、ここは地元の人より知らない道でトラブル街道と云う位狭い道ですが、その替り他の三条や五条にはない潤いのある道です。小さい峠とも云えない程の峠を下りかかると、山科の町が行政区では伏見区ですがが一望出来て鉤の手に曲がりながら下りて行くのですが、大分人家近く迄来た時『うん?、これは何の匂いだ』「これ何?そこら中に立ち込めてる」「何だろなあ」「臭いけどちょと悩ましい様な。これ麻薬の匂いと違うか」「そんな馬鹿な」「でも地理的に云えばこの辺そう云う事ありそうや。何の匂いか確かめに行きたい」自動車を回して下りて来た道をまた上りました。匂いの一番きつい辺りで車を止めて見回わすと◯◯薬品と書いた倉庫が見つかりました。倉庫の中はお米を積んだ様に何かを入れた袋が積んであり入り口のシャッターは開いた侭です。「麻薬違ごたね」と笑い乍ら「でもこれは何の匂い?」彼は何処からか小指程の木の根みたいな物を持って来てくれました。におぐとこの匂いです。「何やろこれ」手に取って見ても匂いでもわかりません。臭い様なでもどこか悩ましい様な、どっちかと云えば下腹部にこたえる感じなのです。友達が「聞いて来たげる」と云って次の日私の机の上に芍薬と書いた封筒が置いてありました。そしてこれは婦人病の薬になるとの事でした。街の中であの時と同じ匂いです。でもここはお香屋さん。あれは薬の原料。何故?と裏道の方へ行きました。春風に乗って良い匂いが漂っています。『こんな良い匂い欲しい』思いもしなかった買物をしてしまいました。お店の人に芍薬も使わはりますの?」と先の匂いのことを思い出して尋ねました。「いやうちは芍薬は使いません」「???」『あんなにしっかり記憶した匂いなのに。ここと違うのならでわ何処から?』ちょっとミステリアスな芍薬の匂いに手引きされて出来た一句でした。

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