俳句絵解き草子(2)    
磯 野 香 澄
断崖の松は枝折れ冬怒涛 香 澄

若狭湾一帯は変化に富んだ地形で何処からの眺めも見る者を堪能させてくれます。沈降の海岸線は沈み行く時間に唯耐えるのみと言う何とも物悲しい風景や、堅い岩の部分が残り激しい地形の処とか、訪ねる者に色々な思いを与えてくれます。中でも三方湖の先に伸びる常神岬は細長く日本海へ突き出ていて、「近年になって良い自動車道が岬の先迄ついたが、昔は先端の漁村迄の交通は舟以外には無かった」と村の人が教えてくれました。道路の下は断崖絶壁でしかもカーブだらけで、直線の処は皆無と言ってよい程で、地図で見ればそう遠く無いのに車で走ると中々行き付けないのです。そしてその延々と続く断崖に松の木が生えているのですが、日本海に鉾先の様に突き出ているので風がとても強く、どの松も海側は枝がもぎとられてサリドマイドで手がない様に皮もめくれてしまっているのです。崖側の笹等で風がましな方にだけかろうじて枝があり青い葉が付いている状態で、走っていて見える木はみんな同じ様になっているのです。途中一個所地面が海に突き出て百メートル程浸食されずに腕の様に残っている処があり、自動車を止めてその先の方迄行ってみました。他にオシッコと言う事情もあって登って行くと、幅三メートル程の処に大きな松が並ぶ様に立っているのですが、その下は凄い絶壁で私はその松の後側へ回って屈もうとしたら、「こっち来い」と危機迫る声で呼び戻されて、横から見たらそこは松の根と草が生えて断崖の上にかぶさる様にして突き出て居ました。その下は冬の怒涛が崖に沿って巻き上がり激しい波の砕ける音がその崖を昇って来るのです。松の木は上の方にだけ枝が付いていて下はことごとく折れているのです。私はこの松の寿命が先か根元が浸食風食で無くなり倒れるのが先かと、この厳しい条件の中で一生懸命耐えている松と、その遥か下で天命のままに崖を削っている冬の怒涛に深い畏敬の念を覚えるのでした。

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