俳句絵解き草子(6)    
磯 野 香 澄
業平の在藁屋根に五月風 香 澄

琵琶湖の海津と云う所から敦賀へ越える峠は私の一番好きな道で、芭蕉が奥の細道紀行の終りに越えられた道だと云う事もあり、何故か慕わしく車を下りて色々な場所を歩きました。その時に面白いバス停の名前にひかれて、まさかと思い乍らも行ってみようとそのバス停から谷間の細い道へ入りました。そのバス停の名は在原口。私が知っている在原は「在原の業平だけです。そして業平が何をした人かも知りません。唯知っているのは類希なる美男子だったと云う事だけです。ひょっとしてその業平の在ではないかと、こんな谷深い山里に王朝文化に名を連ねる様な人がと好奇心と、山村の探索がてらと云った気分で入っていきました。間も無く道は谷からそれて斜めに山腹を登っていきます。こんなに谷から離れてどうなるのだろう。たいがい川の奥とか山の奥に人家があるのに、谷から離れてしまい山の中腹をどんどん上の方へ登って行きます。車の窓から覗くと遥か下に谷が見えます。もう向かい側の山は下に見える様になりました。辺りが開けた感じで空が明るいと思う様になってしばらく行くと、その道は急に右へ曲がりました。そこはラクダのこぶの間へ入った様になだらかに両方から山が下りていて、驚く事にすぐに田んぼがあるのです。下から上がって来た者にとっては山頂です。稲がまだ青田とも云えない長さで水面に空が映っていました。そんな中を暫く行くと人家が見え出して、集落の中程にお宮がありました。その辺りには手入れの行き届いた格好の良い藁葺きの家がかたまっています。でも村を離れる人もあるのか無人になった家もあり心が傷みました。最初の目的である業平の在かと云う事を村の人に聞きました。「あの有名な在原の業平の在ですか」「そうです」『やっぱりそうなのだ』藁屋根の里の風景はとてもやさしくて空気はすがすがしく、こうして訪れるだけならいい所だけど、どうしてこんな所に住みついたのだろう。『業平の東下りとあるのはひょっとしてここだったのでは』。格好の良い藁屋根と爽やかな風、美しい集落でした。

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