タヌキ山事件(5)



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5 長いはしご

 何度タヌキ山を見ても、白い岩は山に垂直にペタリとはりついています。そ して、すべすべしていて、何のひっかかりもなさそうです。  さて、どうしたらいいものだろうか。学者は山に登るとはいったものの、そ うたやすいことではないとあらためて思いました。おまけに、学者は普通の山 にすら登ったことがありませんでした。重いリュックをしょって、ロ−プで体 をささえながら山肌を登るなんて、想像しただけでも身ぶるいします。  一年のほとんどを部屋の中でばかりくらしている学者には、登山の方法や、 ましてロッククライミングなどどうしていいかまったくわかりませんでした。  でも、山に登るのが一番いい方法だと、自分から言い出した手前、そう簡単 にはひきさがるわけにもいきません。  とにかく、いっしょうけんめい考えました。考えて、考えて、頭がいたくなっ たくらいです。  それでも、とうとう自分にでもできそうなやり方を考え出すことができました。  それは、なんと、あの岩のゴツゴツまで届くような長いはしごをつくり、そ のはしごを登っていくというやり方です。そうすれば、楽に岩のゴツゴツまで いけるというのです。  「ほう、はしごですか。長いはしごがいりますね。この町の消防署にあるは しご車のはしごは、残念ながら、三階までしか届きません。この町ではこの役 場だけが三階建てですから」  町長は学者の考えがいい案だと思ったのもつかのま、そんな長いはしごをど うやってつくったらいいのか、また心配になりました。  「もちろん、はしごをつくれるのは大工さんです。わたしは研究者ですから、 そういう知識はもちあわせておりません。大工さんにたのんでいただけますか」  学者はつかれた頭を両手でもみながら、こともなげにいいました。そして、 その日、学者は町長に長いはしごをつくってもらう約束をすると、やっと役場 から外にでました。  もうすっかり、日が暮れていました。タヌキ山はきのうの夜のように、黒々 としたかげのように見えました。  次の日から、この町の大工さんは一人残らずはしご作りに借り出されました。  大工さんたちは自分たちの仕事をほうりだして、タヌキ山のふもとに集まっ てきました。そして、町長じきじきの命令ですから、しぶしぶ長い長いはしご をつくる仕事にとりかかりました。  トントン カンカン ギ−コギ−コ  トントン カンカン ギ−コギ−コ  一日中のこぎりの音とかなづちを打つ音が町にひびきわたります。  ほんとうに長い、ながい、ナガ−イはしごです。はしごをのばしていくため に、へいをこわされたり、庭をつぶされたりした家があったくらいです。  町の人たちは日に日にのびていく長いはしごを目を丸くしてながめました。 どこまで長くのびていくのか、はしごをつくっている大工さんにだってわかり ませんでした。 よるとさわると町の人たちはタヌキ山をながめ、ヒソヒソと うわさ話しをしました。  はしごができあがるまで、学者は毎日、町長の部屋に出かけ、窓からタヌキ 山をながめました。そして、一日に何度となく、「文字だ、あれは確かに文字 だ、まちがいない」とつぶやいていました。  一週間がたちました。 学者ははしごのできぐあいを見に行きました。思っ ていたよりりっぱで、じょうぶそうな長いはしごでした。はしごはまるで、鉄 道の線路のように長くのびていました。  「もうこれくらいで十分でしょう」  学者は満足していいました。  大工たちはほっとして、かなづちとのこぎりをほうり出し、あらためて、で きあがった長い梯子を見て、目を丸くしていました。  「こんな長いものをどうするのかね。たてかけるといっても大仕事だよ」   大工さんたちはみなため息をついていました。  今度は、はしごを岩にたてかけなければいけません。学者は思わず顔をしか めていました。  さあ、学者も町長も、また、腕組みをして「ウ−ムウ−ム」とうめき声をあ げはじめました。はしごはできたものの、学者も町長も、うっかりしていて、 どうしてたてかけるかなどということは考えてもいなかったのです。  町長は頭を抱えこんでいます。 どうやったら、あんなに長いはしごを岩に たてかけることができるのでしょうか。  −しかし、やらなければ…。あの岩のゴツゴツにたどりつくことができれば、わ たしは一流の学者になれるのだ。  学者はタヌキ山をみあげ、長いはしごをもてあますように見つめました。  「そうだ。長いロ−プを用意して下さい。こ のはしごと同じくらい長くて、そして、太いロ−プです。ロ−プをはしごの片 方にむすびつけて、みんなでおこすようにしてひっぱることにしましょう。そ うすれば、はしごはたってきます」  こまって、こまって、こまりはてると、とにかく何か考えつくものです。長 い長いはしごでさえ、とっぴょうしもないことなのに、それを岩にたてかける ことになると、学者の頭の中は、もう火のようにカッカッともえていました。  「おっしゃるとおりにいたしましょう」  町長は学者のけんめいな様子に、ただただ感心するばかりでした。 さっそ く、百人の町の人たちがよびあつめられました。みな背がたかくて、腕が太く て、力のありそうな男の人たちばかりです。そして、ながくて、太いロ−プも いつのまにか用意されてました。  タヌキ山に近い方のはしごのはしにしっかりとロ−プが結びつけられました。 そして、もう一方のはしは百人の人たちが綱引きをする時のように、二列に並 んで座りこみ、しっかりとロ−プをにぎりました。ロ−プをもった人たちはタ ヌキ山とちょうど反対側にあるひくい丘にむかいました。  そうして、ロ−プをひきはじめます。 エイサ、エイサ……  いっせいにかけ声をかけて、百人の人たちはロ−プをひっぱりました。  やがて、ロ−プはピ−ンとはり、すこしずつ、ええ、本当にすこしずつでし たが、はしごの一方のはしは岩にそってもちあがっていきました。百人の人た ちは歯をくいしばり、ロ−プをひきながら、いっせいにすこしずつ前に歩きま す。まるで、ムカデの綱引きです。百人の人たちは力をゆるめることもできず、 立ったまま食事をし、ロ−プをひっぱったまま目だけとじて、休憩しました。 そりゃあ、大変な仕事です。みなタラタラと汗をながし、ロ−プをひき続けま した。何時間もロ−プのきしむ音がしました。まる一日かかって、はしごはな んとか岩にかかりました。  学者はこんなにうまい具合にことが進むとは思っていなかったので、とびあ がらんばかりに喜びました。 町の人たちはとつぜんタヌキ山にかけられたは しごを、首をかしげてながめます。  「今度は何がはじまるのだろう」  「はしごだもの、登るのさ」  「なんでも、あのゴツゴツしたところには文字が書いてあるとかいうことさ」  「ほう、それはまたどうしてわかったのかね」  「さぁ」  「なにしろ偉い学者のいうことだし、町長もそういっているらしいから、う そじゃないだろう」  町の人たちは長いはしごを驚きの目でながめ、うわさ話しに花をさかせまし た。 4章に戻る 第6章へ
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