タヌキ山事件(7)



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7 タヌキの昼寝

 突然、目の前が広々とひろがり、学者の体は草原の中になげ出されました。 石のトンネルをたどっていけば、古墳の真中の部屋にたどりつくはずだったの に…。学者が出てきたところは草原、こんなはずではないと学者は思いました。  −道を間違ったのかもしれない。きっとあの石のトンネル道のどこかにまが り角があったのだ。古墳の中の道なんて迷路になっていることをわすれるなん て、なんて私はバカなんだ。王様や貴族の墓だったら、盗賊から宝をぬすまれ ないために、墓の中の道は迷路に作ってあるなんて当たり前にことなのに。  学者はふりむいて、もう一度古墳の中にもどろうとしました。でも、後に見 えるのは、てっぺんにだけ木がはえて、あとははげ山のお椀をふせたような形 の小山だけ。どこに古墳の入口があるのか、もうさっぱりわかりません。それ でも学者は小山の方にもどろうとしました。  −それにしても、ここはどこだろう。いつのまにか、あのタヌキ山を通り抜 けてしまったのだろうか。すると、タヌキ山にはこちらの町に通じるトンネル があるということになるぞ。でも、あの山は古墳だ、古墳であることにはまち がいない…。ああ、いったい私いま、どこにいるのだろうか。  学者は途方にくれて、それでもトボトボと小山の方に向かって歩きはじめま した。すると、どこか遠くの方から、はやしたてるような歌声が聞こえてきま す。どうやら子どもの声。それも一人や二人ではなさそうです。  おにさん、こちら、手のなるほうへ  おにさん、こちら、手のなるほうへ  ワ−イ、ワ−イ  −なんてなつかしい歌だろう。おにさん、こちらなんて、そういえばず−っ とむかし、私だってあんな風に遊んだことがあるなぁ。 学者は足をとめ、こ どもたちの声がきこえるほうに顔をむけました。声はだんだん大きくなってき ます。  ワ−イ ワ−イ  にげろ にげろ  子どもたちが草原のあちこちからバラバラに走り出てきます。全部で七人、 大きい子からまだよちよち歩きの赤ちゃんまで、どこからわいてきたのか七人 の子どもたちが、いつのまにか学者のまわりを遠まきに取り囲んでいました。  「こっ、こんにちは…」  子どもたちにあんまりみつめられて、学者はきまり悪そうに、それでもかす れた声であいさつします。  「こんにちは。おにごっこ、たのしいかい」  「うん」  人なっつっこそうな小さな女の子が、うれしそうに笑いながらうなずきます。  「どこからきたの?」  一番背の高い男の子が不信そうな顔つきで学者にたずねました。  「あっちから…」  学者は小山を指さします。  「へぇ、コフンから。コフンのどこからだい。コフンから出てきたの、だっ たら、幽霊、じゃないよねぇ」  「えっ、今、古墳ていったね。やっぱりあれは古墳なの」  「そうだよ、昔の王様のお墓だよ。おじいちゃんがいつもそう言うもの」  「そうか、やっぱり古墳だったのか…」  学者は目を細めて小山をながめます。お椀をふせたようななだらかな山をじっ とながめていると、学者は胸がいっぱいになり、ふいに涙で目がうるみました。  「コフンにいたずらしちゃいけないっておじいちゃんが言ってたよ。コフン のどこからきたの?」  学者にはもう子どもたちの声は耳に入りませんでした。古墳だという小山を 穴があくほど見つめます。と、古墳のてっぺんがふわっとふくらんだような気 がしました。  −おっ、ふ−っ、あれっ、は−っ…  学者の目に古墳のてっぺんが二度ほど上下したように見えました。  −昼寝をしてるタヌキのお腹みたい…。  学者はふと、そんな風に思いました。涙でうるんだ目で小山を見つめている と、二重にも三重にも山の線が重なってみえました。  −山が息をするわけがない…。でも、あのふくらみ具合はまったくタヌキの お腹。ほら、ふ−っ、す−っ…。まったく、もう、なんていうことだ、山が息 をするわけがない…。だけど…。  学者はポロッと頬をつたう涙をぬぐいました。そして、目をこすりました。 古墳は静かに横たわっています。息なんかしていません。  −なんだかおかしい、どうも私は興奮気味のようだ。けれど、あの小山が古 墳だということがわかっただけでも、もう、言うことはない。  学者はもうボ−ッとしたままつったっていました。  「もしもし…」  誰かが肩をたたきます。学者はビクンと体をふるわせました。  「もしもし、いつまでここにおられるのかね。もう夕暮れ、暗くなってきま したよ。冷えますよ、ここは。それに古墳からオバケが出るかもしれません」  「ギャッ!」  学者は年がいもなく叫び声をあげました。  「あ−っ、おどろいた。おどろかさないでください。私はほんとうはおくびょ うなんですよ。オバケやユウレイなんてとんでもない」  「やあやあ、失礼。孫たちが変な人がいるというもんで見にきたのですが。 この頃、古墳にいたずらをする人がふえましてねぇ。何やら宝さがしをする みたいに、墓あらしをする者がふえましてね。あんたもそんなお人かと思い ましたが、どうもそうではなさそうだ」  「もちろんですよ。古墳にいたずらなんかするものですか。ところで、やっ ぱりあれは古墳なんですね。その言葉をきいて私はもう感激でいっぱいなんですよ」  「ほう、そうですか、古墳がお好きですか」  「好きとかきらいとかいうんじゃないですが…。私は考古学をやっているも ので、この古墳が発掘されれば、そりゃあ、やはりすごいことでしょうね」  「えっ、発掘、発掘のためにここにおいでになったのですか」  「いえ、まだまだ、そんなところまでは行ってはおりません。まだ発見した ばかりなんですから。ところで、あなたはこのあたりのことにはくわしいので すか」  「くわしいなんて、私は昔から、ええ、ズ−ッと昔から、この古墳ができた 頃から、ここに住んでますよ」  「はあ−っ、古墳ができた頃からね、すると、この古墳は新しい…」  「変なことを言う人だね。古いから古墳なんじゃないですか」  「そうだ、そうだ、私としたことが。でも、いま、あなたはこの古墳ができ た頃からとおしゃいませんでしたか」  「いかにも、まあ、そんなことはどうでもいいじゃありませんか。こんなと ころで立ち話しというのもなんですから、うちへいらっしゃい。古墳のことを もっとお話ししましょう。晩ごはんでもいかがですか。何もありませんが山で とれたものがいっぱいありまよ」  というわけで学者は七人の孫のおじいさんの家に、トコトコついていくこと になりました。  でっぷりふとったおじいさんでした。大きくでっぱったお腹を重そうにゆす りながら、ヨタヨタ歩きはじめます。おじいさんは大きなかごを背中にしょっ ていました。それが重いのかそれとも太った体が重いのか、体をゆすりながら、 学者とならんで歩きます。  あたりは畑なのか、草原なのか学者にはさっぱりわかりませんでしたが、お じいさんは草原の中のあぜ道をたどって行きます。  大きなケヤキの木が一本。おじいさんの家はそのケヤキの下にありました。 草ぶき屋根の小さな小屋。玄関の障子戸を開けると、土間があって、高い上が りかまちがあって、学者はおじいさんの家でなんだか、なつかしい匂いをかい だように思いました。  いろりがあって、大きな鍋がかかっていました。おじいさんは鍋の中に、野 原でつんできた草をひとつかみぽんとほうりこみました。雑炊がグツグツ音を たてていました。 学者はいろりの端にすわって、いろりの灰をそっとさわっ てみました。ほんのりあったかい灰でした。おじいさんはお盆の上に、お椀を ふたつとコップをふたつ、そしておはしを二本のせて、どっこいしょとかけ声 をかけて、いろり端に座り込みます。  おじいさんは学者に、できたての雑炊をお椀いっぱいよそってくれました。 ふう、ふう、声をたてて、学者は熱い雑炊を食べました。学者がすっかり落ち つくと、おじいさんは学者にお酒をすすめながら、ぼつぼつ古墳の話しをして くれました。  「あの山はタムタム古墳といいましてね。そのムカシ、ず−っとむかし、こ のあたり一帯は私たちの国だったんです。タムタムキ国といいましてね。そりゃ あ、すてきな所だった。でも、いまはなんだかもうさびれてしまって、小さな むら。  でも、私には孫が七人もいて、さっき、おにごっこをしていたあの子どもち だよ。元気だろう。あの子たちは私の宝なんだ。あの子どもたちが大きくなっ たら、また、私たちの国はきっと大きくなるさ。ねぇ、そう思いませんか」  「ええ、そうですねぇ。ところで、タムタムキ国とおっしゃいましたっけ。 それはどんな国だったのですか。はじめて聞く国の名前のようで…。私はどう も不勉強のようで、さっきからいろいろ考えているのですが、どうしても思い あたるところがないのですが…」  「ええ、タムタムキ国です。このあたりに住んでいたタヌキの国で、その王 様がタムタム王という名前で…」  「ええっなっですって、タヌキの王国!」  「ええ、タヌキの国ですよ。何かおかしいことがありますかね」  おじいさんはコクコクと音をたてて、自分のコップにお酒をつぎました。学 者のコップにもなみなみとお酒をつぎ、学者に飲むようにすすめます。  学者はとんでもないことを聞いて、なんだか頭がクラクラしました。むしょ うにのどがかわいて、おじいさんがすすめてくれるコップをうけとると、いっ きにお酒をのみほしました。とろりとあまい味のお酒でした。  「なんですって、タヌキの国、それはそれは、すばらしい。あれだけのすご いお墓だ、タムタム王というのはさぞや偉大な王様だったのでしょうねぇ」   「もちろんですよ。タヌキはいつも人間の目から隠れるように暮らしてきま した。でも、タムタム王が出てから、この土地に私たちタヌキが自然の中で、 きままにくらせる国をつくってくれたのです。その頃私たちはこの草原を自由 に走りまわり、豊かに暮らしていました。  タムタム王がなくなって、お墓がようやくできた頃、あのお墓の山の向こう 側に、人間の国ができたのです。道ができて、バスがはしるようになって、次 には鉄道が走るようになって、私たちの村にまで人間が入ってくるようになり ました。たまにですけれど、でもやっぱり危険だねぇ。タヌキの毛皮だって、 人間の世界じゃあ、けっこう高級なものだって聞きますよ。それに、バカなタ ヌキもいて、交通事故というくだらない事故にあって死んだものだっています よ。  ええ、あれやこれやで、いまじゃ、なんだかここはさみしい村になりました。 でもね、いまに見ていてください。また、すばらしいタヌキの国をつくります からね。タムタム古墳にはすばらしい宝がうまっているんですよ、タムタム王 の財産で国をつくるために必要なものがね…」  おじいさんはまたゴクリとお酒をのみ、どこか遠くをみるように、うっとり とした顔になっていました。  「すると、やっぱりあの山は古墳なんですね。まちがいないのですね。する と、あの文字はタヌキの言葉でタムタム王ときざんであることになる、そうで しょうか」  「そうでしょう。タムタム王は自分の名前を墓にきざみ、国の歴史を書きし るした、とタムタムキ国史には書いてありますから」  おじいさんは学者にお酒をすすめます。学者はゴクリゴクリとお酒をのみ続 けました。 おじいさんはぼそぼそと話しを続けます。学者はもうすっかりお酒が体中に まわり、目がとろんとしてきて、眠くてたまらなくなっていました。コクン と、ときたま首がたれるとハッとし、おじいさんをぼんやりした目でながめ ます。  −うん、りっぱなタヌキだ…。  学者は寝言のようにつぶやきます。そして、おじいさんの話しを聞きながら、 いつのまにか、あたたかいいろり端にたおれこみ、ス−ス−と気持よさそうな 寝息をたてて眠りはじめていました。  気がつくと朝でした。   学者は白い岩の上で目覚めました。やわらかなひざし、あたたかいそよ風。 学者は何度も何度も目をこすりました。何度あたりをながめまわしても、そこ は一番はじめに登ってきた岩のでっぱりの上でした。  ふらつく足どりで岩の壁に手をそえて、岩のくぼみのなかを歩いてみました。 一番奥までつたっていっても、そこにはさらに奥へ向かう道なんかどこにもつ いてはいませんでした。  −おかしい、でも、私はこの古墳の中をトンネルを歩いて、タムタムキ国へ いった。この山はタムタム王の古墳…。  学者は岩の壁を手でなぞりながら、ぶつぶつつぶやき続けます。いつのまに か額にはうっすらと汗をかいていました。学者はポケットからハンカチを出し ました。すると、ハンカチのなから黒い丸いものがバラバラとこぼれおちまし た。古墳の中のトンネルをあるいた時、種の化石かもしれないと思って拾って おいたものでした。  学者はいつのまにか岩の上にすわりこんで、手のひらのうえで小さな黒い丸 いものををころがしました。そして、じっとすわったままいつまでも種の化石 をながめていました。  6章に戻る 第8章へ
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