タヌキ山事件(8)



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8 なぜ風がふいたか

 学者がはしごを登っていった日から、三日がたちました。  町の人たちははしごの下でまちくたびれていました。  「先生はいつおりてくる予定ですか」  しびれをきらした町の人たちが町長にたずねます。  「わかりません。必要な調査がすみしだいということです」  町長もまちくたびれていました。岩のゴツゴツをみあげすぎて、首がいたく てたまらないほどでした。  その日の午後。  町の人たちは一段一段ゆっくりとはしごをおりてくる、学者の姿を見つけま した。はしごを登った日と同じように、音楽隊の演奏するマ−チにむかえられ て、学者は無事にはしごをおりました。  町長が一番にかけよって、学者の肩をだきました。  「ごくろうさまでした」  町長は思わず目がしらがあつくなり、あわてて目じりをぬぐいます。  「さあ、こちらへおいで下さい。とにかくお茶と軽い食べ物を用意させます」  三十分後、学者は町長に案内されて、用意されたマイクの前に立ちました。  「ただいまもどってまいりました。これまでのご協力に感謝いたします」  学者は深々とおじぎをします。町の人たちは、学者のひかえ目な態度に好意 をもち、われんばかりの拍手をおくりました。  「わたしは、タヌキ山のあの岩のでっぱりに登り、綿密な調査をいたしまし たところ、いくつかの興味あることがらを発見するにいたりました」  マイクの前にたった時、学者は一瞬足がすくんで、頭の中がカ−ッとあつく なったのです。でも、一言話しだすと、自分でも信じられないくらい、よどみ なく言葉がでてきました。  「このタヌキ山はタムタム古墳といい、あの岩のゴツゴツは、まぎれもなく 古代の文字です」  「ホウ−!」  町の人たちはとにか大発見があったらしいということに驚き、そして喜びの 声をあげました。  学者は続けます。  「岩にきざまれたゴツゴツは、タヌキ山、いえ、タムタム古墳の歴史をつた える文字でした。なぜ、この白い岩がタヌキ山にはりついているのか。この岩 は、すなわち、古墳の表札なのです。古墳というのはご存じのように、お墓で す。お墓の表札、つまり、この墓に埋められたもの名前がきざみこまれている のです。タムタム古墳は…」  ここまで話した時、集まってきた人たちはホ−ッとかハ−ッとか声をあげ、 ワ−ワ−という歓声が大きくどよめき、学者は声をはりあげましたが、もう、 誰も聞きとることはできませんでした。ただ、あのタヌキ山は古墳で、その中 には宝が埋まっているらしいということだけが波のようにつたわっていったの です。  ようやく少し静かになった時、学者はもうこれ以上学問的な話しをしてもむ だだと思ったので、山の上でどんな風に過ごしたかについて、おもしろおかし く話しはじめました。  はしごを登っていった時、どんなに足がふるえたか、岩のでっぱりについた 時、そこから見える町のけしきはどんなにすばらしかったかとか、そして、と くに文字の解読にいかに苦しんだかについて、ちょとばかりうそもまじえて、 二時間にもわたって話し続けました。  いつもは静かな町のことですから、学者の大した発見に町中はわきたちまし た。タヌキ山のふもとにはさっそくテントばりの店が並びました。  その日から学者は町にひとつしかない新聞社の記者や、ひとつしかない有線 放送局のアナウンサ−たちにおいまわさることになりました。学者の話しは一 字一句まちがいなく、四頁しかない新聞の三頁をふさぎました。そして、一日 に五時間しか放送しないテレビの三時間は、学者の発見についての放送でした。  山肌にはりついているたまごのような岩は、古墳の表札のようなもの、それ には墓に埋められている人の名前がきざんであり、タヌキ山は古墳で、中には 宝がぎっしりつまっているということがわかったのですから、町長をはじめ、 町の人たちは岩を取りのぞいて、その宝を堀り出したいと思うようになりまし た。  「いかがでしょう。ここまでやっていただいたのですから、今度はわたくし たちに協力していただけるでしょうか」  町長は学者にたのみました。  ところが学者はもう家にかえりたくてしょうがなかったのです。この町には 二日ほどいて帰る予定だったのが、もう一ヵ月近くもたってしまっていました。 それに、あのタヌキ山を見た日から、どうしたわけか頭の中にないことまでが、 口から言葉になってポンポンとびだしていくのです。  −もしかしたら、私はタヌキにばかされているのかもしれない…。あのタム タム国であったおじいさんは、もしかしたら人をばかす古タヌキかもしれない…  学者はふと、そんな風にも思いました。  自分でもわけがわからなくなり、頭は混乱し、体はくたくたにつかれていました。  学者は気のりのしない返事をくりかえしていました。  でも、まる一日町長が頭をさげつづけるものですから、学者もいつのまにか、 あの岩を取りのぞいて見たいと思うようになりました。  「しかし…」 学者は腕組みをして考えます。  「しかし…、そう、どうやって、岩をとりのぞくかという問題です」  町長はさっそく、町の偉い人たちをあつめ、岩を取り除く方法について会議 を開きました。もちろん学者も出席しました。  「とにかくダイナマイトです」  学者はそれしか考えつきませんでした。ダイナマイトなどつかったら古墳は めちゃくちゃにこわれてしまうかもしれないのに…。もう学者は発見など、ど うでもいいと思うほど疲れていました。  「ダイナマイトはこの町にはすこししかありません。それに危険です」  鉄工所の社長は反対しました。社長は少量のダイナマイトをもっていました。 この町には、ほかにダイナマイトをもっている人はいないはずですから、社長 は使うのがおしかったのです。  でも結局、社長は手持ちのダイナマイトを出さざるをえませんでした。だれ もほかの方法についての意見をいわなかったものですから。  ダイナマイトはほんとうに少量でした。しかも、ずい分前に買ったものだそ うですから、もしかしたらしめっているかもしれないというしろものでした。  そんなたよりないダイナマイトでも、岩にしかけられると、町の人たちはみ なタヌキ山からできるだけ遠くの方へ避難させられました。  ダイナマイトのスイッチがいれられます。もちろん、町長の役目でした。  打ちあげ花火よりはすこし大きな音がしただけでした。岩にはひびもはいら ず、岩のかけらがパラパラととんだだけでした。せっかくのダイナマイトを全 部ふいにさせられてしまった社長は、何回も舌うちをして残念がりました。   岩を取りのぞくことに、町長は誰よりも熱心でした。  学者はといえば、岩に登っていった頃の元気はすっかりうせて、疲れ果てて いました。そして、しだいに殺気だってくる町長と、町の人たちのすることを 静かにながめる以外することはなくなっていました。  まさか、いまさら、あのゴツゴツがタヌキの国の文字だなんて言うことはで きません。それにあのおじいさんに会ったことだって、学者はどこまでがほん とうで、どこまでがタヌキにばかされているのか、さっぱりわからないのです から。  町長はまた会議を開きました。今度は町の人たちも会議に参加させ、思いつ きでもいいから意見をのべてくれるようにたのみました。大人たちは考えこむ ばかりです。  子供たちはとても元気に、あれやこれやザワザワとおしゃべりをしていまし た。  とうとう小学生が発言しました。  その小学生は、つい一週間前ほど前の理科の時間に「てこの原理」というの をならいました。そして、「てこ」のことがとても気にいっていたので、岩を 動かすのも「てこ」の方法をまねしたらいいといいました。  大人たちは忘れかけていたことを思い出し、小学生に拍手をおくります。  そして、ついに大きな「てこ」をつくることになりました。  つまり、理屈は簡単なことです。タヌキ山にはりついている岩の底の方に棒 をあてて、棒のちょうど半分の長さのところに岩をおき、そして、棒の一方の はしにはおもりをつけたらいいだけのことですから。  さて、方法はきまりました。またしても、長くてしょうぶな太い棒と、おも りをのせる大きな皿をつくらなければいけません。  鉄工所の社長は、しぶしぶ自分の工場をあけわたすことになりました。鉄工 所では毎日ありったけの鉄をとかし、めっぽ長くて太い棒と、ばかでかい鉄の 皿をつくりはじめました。  夜も昼もたくさんの人たちが働いて、まる五日かかって棒と皿がつくられま した。  町長はその棒の端にロ−プをくくりつけ、大きな鉄の皿をぶらさげました。  もうひとつ、たいへんな仕事が残っています。長くて太い棒をタヌキ山の岩 にくっつけて、「てこ」をつくらなければいけません。  もうここまでやってきたのですもの。町長は無我夢中になっていました。声 をからして町長は町の人たちに指示を出し、とうとう「てこ」をつくりあげて しまいました。  町の人たちの働きぶりに学者はあきれはてて、もとはといえば、自分がいい だしたことなのに、もう口をさしはさむこともできなくなっていました。  「てこ」ができあげると、鉄の皿の上に町の人たちが乗りこむことになりま した。みんながおもりになるというわけです。  おかみさんたちは漬物石をもってのりこみます。くわやかまを持ってのるお としよりもいました。子供は人形やバットやいろんなおもちゃを持ちました。 とにかく自分がもっているもので一番重たいものをもってのりこんだのです。  けれど岩はびくともしませんでした。  町の人たちはもっと重いものに変えにいきました。冬もののオ−バ−を着こ み、底のあつい皮ぐつをはいて、カバンの中に石をつめこんできた人もいます。 みな、考えるだけのことを考えて、重いものを身につけました。  そして、またみんなが皿の上にのりこんだ時、大きな、とてつもなく大きな 岩がすこしばかり動いたようにみえました。鉄の皿のに乗り込んだ人たちは、 喜んでとびあがったりしたものですから、ますます皿の重さが増しました。  鉄の皿の上はものすごいさわぎでした。何十人もの人たちが肩をくみ、かけ 声をかけてとびあがり、足ぶみをしました。  やがて、ドドドド−ッと土がくずれるように大きな音がしたかと思うと、岩 が本当にすこし動きました。  皿の上では歓声がわき、また何十人もの人がいっせいにとびあがりました。  土ぼこりがまいあがり、地ひびきをたてて岩がまたほんのすこしうごきまし た。岩とタヌキ山の間に、指一本のわずかなすき間ができた時、台風のような 強い風がふきはじめました。タヌキ山からふいてくる風でした。  岩のうしろは、ああ、ほら穴だったのです。鉄の皿のすみっこから、学者は チラリとそのほら穴をみました。  のびあがって、もっとよくほら穴の様子をながめようとしたとき、またいち だんと強い風がふきました。重いものを何ひとつもっていなかった学者はひと たまりもなく、鉄の皿の上からふきとばされてしまいました。  幸い町の人たちはみな重いものを身につけているか、胸の中に抱えていまし た。台風のようにうずまく風がふきまくるなかで、町の人たちは必死でみな体 をよせあい、漬物石をしっかりとだきしめ、とばされまいとして歯をくいしば りました。  身がるな学者一人が、五メ−トル、十メ−トルとふきとばされました。ふわ ふわと風にのり、だんだん小さくなるタヌキ山を目でおいながら、学者は、あ の山はまるで、タヌキのようだと思いました。緑のふとんにくるまれて、大き なタヌキが気持よさそうに昼寝をしているように見えました。  どこまでも、どこまでも、タヌキ山からふいてくるつよい風にのって学者は 空をとんでいきました。  さて、風は吹きつづけました。 町の人たちは鉄の皿の上で、体をだきあってがんばりました。  一日たつとようやく風は弱まり、町の人たちはやっとの重いで、皿から降り ることができました。でも、みんながおりはじめたとたん、また地ひびきがし て白い岩が動きました。そして、せっかく指一本分だけあいたすきまは、また ピッタリと閉じてしまいました。  町の人たちはため息ともつかない、あわれな声をあげながら、強い風で壊さ れた家を直しはじめました。   7章に戻る 第9章へ
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