確率論とデリバティブ理論

 

■ コルモゴロフ以前

そもそも確率論は賭博やゲームなどに関する研究の問題から発生した。パスカルやベルヌーイなどによって手掛けられたが、ラプラス(1749-1827)によって体系化された。

ただし、ラプラスによる確率の定義であるが、試行の事象はすべて「同様に確からしい」と仮定したものであった。順列・組み合わせの考え方が導入できるので、「場合の数」を数えることで確率を簡単に求めることができた。ゲームなどでは、このような定義でもじゅうぶん実用性があろう。

「硬貨を投げるとき、表と裏が出る確率は等しい」というのは、仮定である。これが正しいと証明されたわけではない。が、特に何か細工がほどこされていなければ、この仮定をつぶすだけのじゅうぶんな根拠はない。

コンピュータによるシミュレーション結果を見ると、「硬貨を投げるとき、表と裏が出る確率は等しい」という仮定は妥当である。が、この場合でも、シミュレーション結果はこの仮定を証明したわけではない。試行回数を無限に増やしても、「表の出る確率が1/2に近づくので、表と裏の出方は同様に確からしい」という推論結果が得られるだけである。このようなシミュレーションによる仮定の検証だが、確率を相対度数(または相対頻度)の極限と考えて行っている。確率の頻度説というわけである。この説の弱点は、1/2という極限値への収束に関する裏付けが乏しいことである。

もっと「数学的」に確率を論ずる必要性がある。

 

■ 解析学としての確率論

1930年代にコルモゴロフが確率を公理(axiom)として定義した。その後、確率は測度(measure)の特別なケースであると考えられ、解析学(analysis)の一分野として今日までに飛躍的進歩を遂げた。測度は「距離」「大きさ」などの物理的性質を数学的に抽象化した概念である。

そして、1940年代から伊藤清が「確率積分」などに関する論文を書いたが、これらは解析学の手法を使っての確率変数の微分・積分学であった。

さらに、1950年代には、イリノイ大学のDoob教授が「マルチンゲール(martingale)」という確率論を体系化した。

コルモゴロフ以降の確率論を「近代確率論」と呼ぶ。

 

■ デリバティブへの応用

1973年にブラックとショールズは、オプションの価格を評価する「ブラック・ショールズ式」を発表した。以下、確率論に的をしぼり、簡単にブラック・ショールズ式の数学的論脈を述べる。このときの論文[1]では、コール・オプションの評価式のみが導かれている。

  1. 株価のリターンの対数を取ったものが正規分布する(ブラウン運動)という前提から出発。
  2. 伊藤清の定理を使ってこの前提条件を満たす確率微分方程式(「伊藤プロセス」とも呼ばれる)を導く。この方程式では、リターンの期待値標準偏差値(デリバティブの世界では、ボラティリティーと呼ばれる)がランダムな株価の運動を決定するパラメータとして使用されている。
  3. 保有株式1単位に対しコールをヘッジ比率(デルタ)の逆数分だけ売却すれば、リスク・ニュートラルなヘッジ・ポートフォリオがつくれることに着眼。これを数式として定義する。
  4. ヘッジ・ポートフォリオのリターンが短期金利(安全資産)の利率に等しくなると仮定する。これによって、アービトラージ(裁定取引)による収益機会はなくなる。
  5. ここまでの、結果を微分方程式に代入してまとめると、コール価格が得られる偏微分方程式が成立。
  6. コールの上限値や下限値などの制約条件を解を得るために設定。
  7. 幸い、この偏微分方程式は熱伝導の方程式として、すでに解析解が知られていた。
  8. コールの価格を評価(理論的に決定すること、valuation)する式を書く。
  9. 確率微分方程式には、リターンの期待値があったにもかかわらず、コールを求める式では消えている。コールの価格は相場の方向性によって決まるのではなく、相場の変動性(ボラティリティー)によって決まることがわかった。

同じく1973年に、マートンがベル研究所の経済誌にオプション評価理論[3]を発表した。1997年、ショールズとマートンはノーベル経済学賞を受賞。残念ながら、1995年にブラックは他界している。

このように、コルモゴロフ以降の「近代確率論」を基盤にオプションの評価方法は誕生した。ブラック・ショールズによるオプション価格の評価であるが、コンピュータを使って「モンテカルロ計算」して求めることもできる。「モンテカルロ(Monte Carlo)」とは、有名な賭博場に由来する名で、硬貨投げのコンピュータ・シミュレーションのように,乱数という「でたらめ」な数字をコンピュータで生成することによりオプションの価値を推定することである。

また、ブラック・ショールズ式などデリバティブの理論は、マルチンゲールという理論体系によって展開されるようになった。

したがって、現在のデリバティブ理論は、公理的(純粋数学的)な確率論とシミュレーションという2つの面からアプローチすることができる。

デリバティブはけっして「妖怪」ではなく、科学的裏付けをもった取引なのである。

 

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