2005年10月16日
大野木一彦ブルースバンド
featuring

Henry McCullough
Live at 磔磔

共演実現までのいきさつその2

 仕事の帰りのバスの中、大野木から携帯がかかってきた。

 大野木「ヘンリー・マッカローて知ってるか。」
 あっし「ああ、元ウイングスの。知ってるで。」
 大野木「秋に日本来るらしいわ。」
 あっし「へえ、まだやってはったんや。」
 大野木「京都でやるときにバックやらんかいう話があるねん。」
 あっし「へ????」
 大野木「で、とりあえずライブハウス押さえとかんならんのでな、どこがええ?」
 あっし「そら、磔磔やろ、キャパ的にも。」
 大野木「そやな、まず空いてんとあかんので俺拾得を当たってみるし、よおちゃん磔磔聞いてくれ。 10月の15か16や。」
 あっし「わ、わかったけど。なんなんやそれ、ほんまやったらすごいことやな。」
 大野木「俺もなんやよおわからんけど、来るのは嘘ではないらしいし頼むわ。」
  
  とりあえず磔磔の水島さんに電話した。半年以上も先の予定、なんちゅうて確保してもろたかはよく覚えてないが、とにかく10月16日は、大野木一彦BBで仮押さえしてもらった。拾得は別の外タレの予定が既に入っていてダメ、したがって日と会場は確定した。
 しかし、何が確定したのか、まったくこの時点で実感なし。

  2005年3月

  2005年4〜5月

 さて、ヘンリー・マッカロー。というても、最近の動向についてメンバー一同誰も知らない。スワンプ系の人なので、おそらくブルースやR&Bに根ざした音楽をやっておられることは想像がつくけれども、CDも国内発売まったくされていないようだし、いったいあっしらは何をしたらいいのか?しかし、あっしらのやっているマニアックな曲群に、ひょいと入ってもらう、それもキャリアがキャリアなだけに想像しがたい。
 いつものライブやセッションをこなしつつ、?マークと格闘している間に事態は特段の進展もなく時間のみが推移。磔磔の水島さんからは「あの件どうなってんの〜」のメール。いや、あの、その、まだようわからんのですが、少なくとも磔磔には迷惑かけんようにしますので・・・。

  2005年6月

 最近のヘンリーのライブを何度も観ている「だるまや」萩原氏から、やっと音源とライブでよく演奏する曲のリストを入手。
 「BLUE SUNSET」、「GET IN THE HOLE」、「BELFAST TO BOSTON」、「UNFINISHED BUSINESS」
すべて北アイルランドのマイナーレーベルからリリースされているもの。聴いてみると「ええやん!これ!」あきらかにブルースを基調にした70〜80年代風のソリッドなロック。アイリッシュ風味もつき、ボーカルも味わい深い。これやったらメジャーで出してもそこそこ売れるやろなあ、と思わず聴き入ってしまっていてふと我に返る。

 
これを大野木一彦ブルースバンドがバックつけんのお???
 
 あっしらのライブを御覧になったことある方には分ると思うけど、おそらく数ある関西のブルースバンドの中で、もっともビンテージなバンドブルースを展開しているバンドを自負している我々にとって、70〜80年代て超未来やんか!
 あっしは別バンドで70年代ロックをやっているので、対処可能だし他のメンバーも、音楽的ルーツはその辺なのでもちろん対処は可能。しかしそれはもはや大野木一彦ブルースバンドではない。
 曲の準備をぼちぼち始めつつ、音の世代間ギャップをいかに埋めるか、しかも20も年上のフロントマンの出す音の方が新しいという奇妙なねじれ、このあたりにメンバーの苦悩は深まるのであった。

すべて

 2005年7〜8月

 今回のHenry氏の来日はビジネスではないので、プロモーター等は一切つかない。したがって、宣伝からライブの段取りまで一切をこちらがせねばならない。長いこと日だけ押さえてもらって、具体的な話をなんもしてなかった磔磔マスターの水島氏を訪問。ライブの条件等を話し合う。
 価格設定はできるだけ抑えてたくさん来てもらう、チケットぴあとかに出すとマージンを取られるので、基本的に磔磔のみの販売とするほかはメンバーががんばる、ということで、前売り2500円当日3000円のチケットを8月20日から販売してもらうことにする。数日後チケットが刷り上り受け取りに行く。

 2005年9月

 チケット売り上げが思いのほか伸びない。というわけで必死で楽器店やらライブハウスやらロック喫茶やらにフライヤーをもって駆け回る。大野木とあっしのホームページで告知やチケットの受付をしていても、如何せんあっしらのホームページ自身の知名度が低い。関西の情報誌に記事記載依頼するも採用されず。またウイングスや70年代ロックファンらのサイトを検索しては、情報を送りつけるという戦略も展開するがなかなか効果現れず。
 ん〜なんとしてでもHenry氏を満員の磔磔で迎えたいが…。
 
 9月に入っても相変わらず、他のセッションやらでライブは減らない。その合間を縫ってのリハなので、週2〜3回ペースに詰めることとする。もう数をこなすしかない。
 やりやすい曲とやりにくい曲、実に明快な2極化。どうするか考え出すと、必ずうちのバンドの普段の音とどう折り合いをつけるか、そこに行き着く。けどもう時間はない。
 とにかくうちのバンドのウリであるサウンドのよさ、バランスのよさ、ダイナミズム、ここだけをキープしとけばもうええやんロックバンドぽくっても。そのノリで行くしかおまへんがな!!!!

 さて、肝心のバンドの準備のほう。
 はっきり言ってやりなれない曲。早く手をつけような、といいながら今年の夏はウェッティ・ジョーとのコラボがあったりで、ライブが目白押し。こういうときのライブはあんまり準備のいらん慣れてる曲でこなす、という方法もありかと思うが、これは大野木の美学に反するようで、相変わらずいきなり新しい曲を持ってきたりする(笑)。結局なかなかHenry氏の曲に手を出すことができない。
 そうこうしているうちに、8月24日、だるまや萩原氏経由でHenry氏本人からセットリストが届く。おお、やっぱりほんまにするんや!と一同いまさらながらのように驚く。
 というわけで、結局今回のライブ曲にバンドで手をつけたのは8月も終わりの頃。

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