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都市型マンションの新しいスタイルを求めて

株式会社ヘキサ 安原秀

 

安原

 ヘキサの安原です。 私は先ほどご紹介いただきましたように、 コーポラティブの仕事は比較的たくさんやっています。 ですから建築の枠を少しはみ出して仕事をし、 ものを考えてきたように思います。 しかし今回は今登場された岡本さんがコーディネーターをなさったので、 私は建築をやれということでした。 もちろん関係はいろいろありますので、 その間情報を交換しながらやっておりますが、 そういうわけで今日は建築の話だけをいたします。

 今回、 建築に関わらせていただいたなかで、 先ほど地主の絹川さんがお話になりましたように、 地主さんの思いと入居者の方の思い、 この二つを共有しながら計画を進めていく、 実現していくなかでいい仕事をさせていただいたと私は思っています。


地主さんの思い

 まず今回、 私が地主さんの思いをどのように理解したかということについて、 お話ししたいと思います。 通常地主さんの思いとしては、 当たり前のことなんですが、 ご先祖から受け継がれた資産をいかに有効に、 かつ現実的に活用するかということに尽きるかと思います。

 ただ、 今回これには二つの要素がありました。 一つはモノとしての土地とその土地の経済的ポテンシャルをどう有効に活用するかということ。 これを建築の立場から言いますと、 いかに容積率を高めて、 建物をたくさんつくって、 あるいはその中にどれだけの面積の住戸を何戸くらいつくるとお客さんがくるのかという、 いわゆる事業採算としての視点からモノを見ていくということです。 これはしごく当たり前のことだと思います。

 ただ今回の場合は、 土地と言うよりも「地」という字だけで表現した方がわかりやすいと思うんですが、 「地」の持つ意味というんでしょうか、 その意味的なポテンシャルに対しての活用が、 絹川さんのご希望の中にあったと僕は思っています。 それは言い換えると京都への愛着を、 そこに住み続けながらどう表現していくか、 まちへの責任をどう表現して形にしていくか、 孫の代まで人質にとられているというお話がありましたが、 人質になりながらまちを愛し、 まちを良くしていこうというお気持ちがあったということで、 これを感じることができたということは私にとっても、 うれしい仕事であったと思います。


思いを表現するために

 そのことをモノの側から見たら、 例えば楠ですが、 あの楠は絶対残したいと。 あれは80年今まで生きてきて、 まだあと300年生き続けるわけです。 その300年間楠がちゃんと生きながらえるようにつくらなければならないということが要求されます。 それ以外に石などもたくさん使いました。 それから建具や材木、 ガラス、 ふすまの引き手、 照明器具など、 今日家の中をご覧になった方には、 それをご覧頂けたと思います。 そのように古い家の中の物を極力使っています。

 一時は絹川さんの家にあった浴槽まで使いたいとか、 台所のセットの扉を使いたいとか、 色々ありました。 実現したことと、 していないことがありますが、 そういうものを生き長らえさせながら、 家をつくってしかも魅力的であること。 これはずいぶん大事なことだと思います。


入居者の思い

 次は参加された方の思いについて。 ここの場所は、 京都の中では誰でもが住みたくなる場所だと思います。 まちの落ち着いたたたずまいの中で、 それを維持しながらちゃんと住んでいくということが入居される方の一番の望みだと思います。 その次は自由度の高い空間の中で、 自分の生活、 つまり住まうことへの思いに対して、 どのように個性を発揮していくかの試みを望んでおられたと思います。

 打ち合わせしている中で、 入居される皆さんから感じたのは、 いわゆる紋切り型の健康志向ではなくて、 自分の体を自由にしながら、 その空間と接触していきたいという気持ちを強く持っていらっしゃるということでした。 最近はものの本に、 例えば壁はこういう壁、 床はこういう材料といったことがたくさん書いてありますので、 その影響もあるかとは思いますが、 既成のマンションでは満たされない部分、 材料に対する思いが意識の中にあって、 その話を聞きながら仕事をすることができたのは、 よかったと思っています。 同じ事を私も思っていましたので、 共感しながら仕事をすることができました。

 絹川さんが先ほどおっしゃっていた「わがまま放題、 やり放題」、 これは表現が悪いです(笑)。 「わがまま放題、 やり放題」ではなくて、 自分の思いを実現したいということを、 どのように具体化していくのかということだと思うんですよ(笑)。


少しずつ修正しながら

 それからスケルトン・インフィルという要素があります。 スケルトン・インフィルというのは、 まず提案者が箱を決め、 その中で皆さんの自由度を発揮してくださいということで計画を進めていくわけですが、 その中で、 今申しましたような住みに来られた方の思いを反映させて、 少しの修正を加えながら、 ものをつくっていくことができたということはよかったと思います。

 さらにご近所との軋轢の経緯がありましたが、 これもご近所とやりとりをしているなかで、 建物がだんだん現実的になってきたと僕は思っています。 大変だったのは事実です。 でも大変というよりも、 それはやはり建物が練り上げられてきたというように捉えればよいのではないか。 五木寛之の言うところの他力、 他力の中でものが出来てきたとでも言いましょうか。 だんだんモノが良くなってきたと思います。

 それからスケルトンの提案をするにあたって、 楠を避けて建てなければならないということでしたので、 配置が自ずと制限を受けます。 さらに今言った周辺の住民の方、 特に北側の方に対する配慮を考えますと、 いかに敷地の中に空き地をつくるか、 これは計画の上では大きなことだったんです。 しかも単に空き地をつくるだけではなくて、 上手につくるということが課せられたと思います。


私が考える集合住宅のテーマ

 私には常日頃、 都市の中の集合住宅(都市の中だけでなく集合住宅一般についてなんですが)のテーマについて考えていることがいくつかあります。 一つには、 家の全居室に外気があるということ。 つまり窓が外気に面しているということです。 光が当たるということだけではなくて、 風が通るということも含めてなんですが、 そのためにはどうしなければいけないかと言うと、 それぞれの家の外壁率をできるだけ大きくするということです。 そうすると、 自ずと部屋に窓なり穴を開けるために、 家と家の間に隙間ができます。 それはつまり隙間がある建物の配置をしていくということだと思うんです。 そのことが今回苦しい条件の中で、 同時発想的に考えることができました。

 それから二番目に、 共用部分を内部化するということ。 よくあるマンションは、 オープンな片廊下があり、 オモテからいきなり家に入るという形態になっています。 そうではなくて、 共用部分が内部化されている、 別の言い方をすると、 建物のどっちがオモテでどっちがウラかわからないと、 都市内では建物にウラオモテのないものをつくらなければならないとずっと思っていました。 今回そういうタイプの提案をすることができたことで、 地主さんがお考えになっていた、 「意味としてのポテンシャルの活用」の発想と私のこうしたらいいのになと思っていることを重ね合わせることができ、 それがある程度実現できたということで、 幸せな仕事をさせてもらったと思っています。


できるだけ目立たず、 しかしテーマに沿って

 いわゆる商家を中心にした京都の町家がある地域は、 建物の形状として、 どんなふうに集合して建物をつくっていったらいいなということが見えるんですが、 この場所はどんな建物をつくったらよいのか僕にはよく見えませんでした。 後ほどご意見を頂けるときに、 「ここはこういう建物をつくらなあかんで」というようなことを教えていただけるとありがたいんですが、 私にはどうもここにどんな建物をつくったらいいのかというのが、 形の上では見えなかったんです。

 ならば何をしようか。 できるだけ目立たない建物をつくろうと考えました。 目立たないように目立たないようにつくろうかと。 かといってあの大きさのものですから、 絶対目立つんですけれども、 それをできるだけ目立たないようにつくろうと。 ただし先ほど言いました形状だけはやりたいことを実現しようということで取り組みました。 あとはスライドを見ながらお話ししたいと思います。


まちを読む〜連担する緑

 
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 この地域に来て、 私に一番印象深かったのは強烈な緑の存在でした。 「わ、 すごいな」というのが第一印象です。

 こんなすごい緑がまちの中にある、 やはり京都はすごいなという感じがしました。

 右の写真は烏丸通りに面している欅です。 こんなすごい欅はそうそうありませんね。

 

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 まちの中の緑が連担しながらずっと東山に繋がっているとか、 御所の緑に繋がっているとかいった格好でまちが出来ている。 こういうような見方でまちを読みました。

 商家が連担したところは、 小さな坪庭の緑が家の奥の方にあるという格好ですが、 このあたりはお屋敷という形ですので、 家の中にある緑がまちの緑の主要な部分になっているわけです。 これは長年に亘って育んできた市民財産だと思います。


旧絹川邸

 
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 左の写真はまちの緑としての家の中の緑が連なっている良い例だと思います。 市民の財産です。 実はこれが絹川さんの旧宅なんです。 こんな立派なお家だったんです。 大正15年の上棟です。 楠があります。 そして見事なサルスベリが見えますが、 これは今日ご覧になった中庭に移植しています。 後ほどお見せしますが、 他にもすごいモノの集積が見られます。

 裏には真ん中の写真の蔵がありました。 奥が母屋です。 実際はもっと大きな家だったのですが、 切られてだんだんこんな形になってきたということです。

 その裏の道筋もやはり右の写真のように家の中に緑があって、 緑の連担ができあがっています。


お屋敷町

 
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 これまでお話しして来ましたように、 京都には二つの町家の形式があるわけですが、 ここはお屋敷風の家が集積したまちであると認識しました。 左が明治28年(1893年)の京都のこの地域の地図です。

 右が大正2年、 1913年の地図です。 一条通りの所に虎屋本店と書いてあります。 虎屋さんは実は1600年代からここでお菓子を御所におさめておられたようですが、 要するにそういう土地柄であるということです。


センテナリオ図面(当初案)

 
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 当初提案したのがこれです。 楠を残して、 住戸を三つのブロックにしています。

 三つのブロックに配置して、 真ん中に共用部をもってくるというパターンを提案しました。 大筋でこのまま実現させることができました。


センテナリオ図面(現在)

 
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 これが完成した現在の図面です。 三つのブロックがあって、 中庭をとって、 裏の空き地をとって、 前の空き地をとってということで、 当初計画と違ったのは、 駐車場に車が8台とまるようになっていたのが、 9台車を止めています。 ですから13戸に対して9台、 約70%の駐車場がここにできています。 左手前はお茶の教室をなさるということで、 外から入れるようにしました。 右側は地主の絹川さんがお住みになる家で、 地下室があります。

 

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 これが2階の図面です。 南側は前田さんのお宅ですが、 中に入り込んだバルコニーがあって、 これが特徴になっています。 北側にある家は中庭をつくったことで、 思ったよりもよくまとまったと思います。

 

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 これが3階、 4階のパターンです。 だいたい同じような考え方ですが、 家はそれぞれに大分違います。

 

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 これは5階です。 右側の家の北の隅にルーフテラス(屋上庭園)ができていますが、 これはご近所との打ち合わせの中で発生したもので、 僕はよくなったと思います。


モノの継承〜意味的なポテンシャルとして

 
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 左の写真ができあがりです。 お隣と緑の連担ができています。

 真ん中の写真が前庭です。 先ほどから話題になっている楠です。 お茶の教室をなさる方が出入りされるようになっていますが、 この戸は絹川さんの旧宅から取り出したものです。 敷石も古い家から取り出したものです。

 せせらぎが流れているのを見ていただいたと思いますが、 奥の地下で雨水を貯留して、 小さいソーラーでその水を動かしています。

 右の写真がかつての楠です。

 

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 左の写真のように楠の周りに座れる敷石を配しています。 完成間際で柵をしてとめていますが、 ここがくつろぎの場になるだろうと思います。

 今回、 僕はオープン化ということを、 考え方の根幹にしていました。 個人が一人で所有していたものを、 今後13軒の人たちが所有し、 維持していく、 しかしその人たちが自分の中に取り込むのではなくて、 市民の財産としてオープンにしようじゃないか。 塀の中にあって、 塀から上しか見えていなかったものを、 足下まで見えるようにして、 そばまで行ってさわれるようにしようじゃないかと。

 それが市民財産を再生して、 100年先まで使うことができる方法ではないかということが一つのテーマだったんです。

 真ん中の写真はかつての敷石です。 これを左の写真のアプローチに使っています。

 右の写真は旧宅ですが奧に靴脱ぎの石があります。 旧宅を解体すると大きな梁がありましたが、 それを全部板にして、 あちこちの仕上げに使っています。 これからそれを使って家具をつくっていこうと考えています。

 

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 先ほど旧宅から持ってきた茶室の入り口と言っていたのは左の写真の戸です。 まだ汚れたままですが、 これがもうちょっときれいになり、 蘇って出来上がると思います。 それからここにあったサルスベリは今中庭に植わっています。

 真ん中の写真に写っている蔵の戸は2カ所で利用されています。

 右の写真の中庭にあるのがサルスベリです。 周りにあるものは全部旧宅から取り出して、 保存していた石です。


緑の連担の継承〜市民財産として

 
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 左は西側から東を見たかつての写真です。

 今は右の写真のようになっています。 手前は隣の虎屋茶寮です。 周りの樹木は虎屋さんが所有の市民財産である緑です。 それをずっと連担させていく仕掛けが出来上がって、 そして楠があって、 また緑が続いています。


センテナリオの形状

 
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 このあたりは美観条例があり、 15メートルまでしか建ててはいけませんとか、 屋根は平入りにしなさいとか、 三階から奥へセットバックしなさいとか、 色々指導があります。 ですから左の写真の屋根を妻入りにするために、 ずいぶん市役所の方とやりとりをしました。 結果はこのほうがよかったと僕は思っています。

 右は裏から見た写真です。 ここは15メートル、 五階まで建てられるんですが、 できるだけ低く見えるようにしたい、 空き地もいっぱい空けようということで、 かなり工夫をしてきたんですが、 やはりご近所の方と建てる側とは立場が全く逆です。 ですから上をカットしろとかいろんな話がありました。

 それから上から家の中を見下ろされるという話があったのですが、 これは非常に重要なことだと思います。 今日階段で上り下りされた方は裏のお宅の中まで見えたと思います。 やはりここに住んでいる人たちにとってそれが見えるということはいけない。 ですから折衝のなかで、 1m50cmの手すりをつくりました。 このことは結果的に良かったと僕は思っています。 それから左上の屋上庭園が出来ているところは建物をカットしたところです。 これはこちらからカットすると提案をしました。

 

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 写真の左上の部分です。 この5階の北東部分をカットすることによって、 この建物は北側から見た時にずいぶん小さくなったと思います。 他もカットしろと言われたんですが、 いやここは残したいといった、 そんなやりとりもありました。 しかしこの部分をカットした結果、 5階の家に良い屋上の庭ができたんです。 先ほど練り上げられた云々ということを言いましたが、 そういうことはここにも表れていると思います。

 それから駐車場横に植え込みがありますが、 一階にお住まいの絹川さんの洗濯機の水と風呂の水をここに流してきて自然浄化しようと考えました。 雨水を建物の下に貯めてあるんですが、 そこへ入れ込んで庭への散水と絹川さん宅の便所の排水に使おうと計画しています。 いわゆる中水です。

 

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 これは共用部です。 共用部もできるだけインテリア化して、 吹き抜けにして上からトップライトが入るというようなことで、 かなり豪華にできていると思います。


センテナリオのインフィル〜個性の発揮

 
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 ここから住戸内になります。 左の写真は今日見ていただいた家です。 植物が飾ってあってかなり雰囲気が出ていましたね。 どーんと抜けているところがこの家の特徴です。

 真ん中の家は見ていただいていません。 もうここは入居されて住んでいらっしゃるものですから。 住宅の考え方としては、 できるだけ広くのびのびとした空間をつくろうという発想があります。

 右の家も今日見ていただいていません。 シナベニアの扉を使っています。 今売られているマンションはオレフィンシートのラッピング建具を使っているのがほとんどなんです。 そういう材料を今回はできるだけ排除してみようということで、 このような板の戸をあえて作りました。 床もそれなりの発想があって、 また皆さんの思いもあって、 ムク板がかなりたくさん使われています。 全部の家ではありませんが。

 

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 左の家は今日見ていただいた家です。 もうお住まいですけれども。 人の気配のない写真は見ていてつまらないですね。 今日この家に入ったら人の気配がある感じがして、 全然違いました。

 右の写真のお家の方は徹底的に自然素材ということで、 自然の板でクローゼットを作って、 中まで板を張っています。 これは家族の体の事を考えて板を使おうと発想された方です。 また左側に見えるのは輻射冷暖房機です。 輻射冷暖房をつかうと、 かなりお金がかかるんですが、 あえてこだわられています。 発想が明快です。


センテナリオの由来

 
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 センテナリオという名前ですが、 英語で言うとセンチュリー、 百年住宅ということです。 それからここに13の箱がある楠の絵が描いてあります。 13住戸の間を風が通って光が通ってという意味なんです。 入居者の方の提案の中からセンテナリオという名前が決まりました。 この建物が2003年に出来上がったというメッセージであります。 細かい話はまた後ほどいたします。

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