『今池電波聖ゴミマリア』
町井登志夫
角川春樹事務所
 右肩上がりの時代にしか通用しない枠組みや価値観を後生大事に抱えてゆくであろう人々にはどこかよその国の荒唐無稽な話に見え、そんな時代を知らない世代には、なにかしら懐かしささえ伴う“未来の記憶”に見えるだろう力作が、第二回小松左京賞受賞の町井登志夫『今池電波聖ゴミマリア』(角川春樹事務所・一九○○円)だ。中部地方の二百万都市の一角・今池を舞台に、ゴミと暴力と金とが支配する絶望的な日常に喘ぐ西暦二○二五年の若者たちの生活をリアルに活写してみせる。国家財政は完膚なきまでに破綻し、国民は外国資本に流れた国債の利子をただただ払い続けるためだけにドブネズミのような日々を鬱々と生きる近未来の日本。さらに、死に体の国家による非人道的陰謀が若者たちの前に浮かび上がる――。ここにあるのは、似非サイバーパンクがしばしばファッションとして描いた“カッコよく汚れた未来”ではなく、SF的外挿で作家が幻視した“いま現在”にほかならない。声高な警鐘など鳴らさぬ、淡々とした絶望の直球勝負である。
『トリガー(上・下)』
アーサー・C・クラーク&マイクル・P・キュービー=マクダウエル
冬川亘訳
ハヤカワ文庫SF
 アーサー・C・クラーク&マイクル・P・キュービー=マクダウエル『トリガー(上・下)』(冬川亘訳、ハヤカワ文庫SF・上下各九○○円)は、あらゆる火薬を選択的に発火させ無力化する〈場〉の発生装置〈トリガー〉が偶然に発明され、市民生活や世界秩序を根底から変えてゆくさまを緻密に描く。テロや地域紛争、対人地雷に関わる諸問題や、ことにアメリカ社会の業病である銃器絡みの問題について、SFあるいはテクノスリラーとしての娯楽性を維持しながら網羅的議論を盛り込んでおり、現実離れしたSFを嫌う読者にも読み応え十分であろう。率直さと庶民的良識で支持される異色の合衆国大統領が、抵抗勢力との軋轢を捌きつつ〈トリガー〉普及を推進してゆくあたりには、フクザツな思いを禁じ得ない。テクノロジーなるものへの透徹した視線にも苦みが利いている。

[週刊読書人・2002年1月11日(1月4日合併)号]

(C)冬樹蛉



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