『ホームズと不死の創造者』
ブライアン・ステイブルフォード
嶋田洋一訳
ハヤカワ文庫SF
 医療技術の進歩がもたらす光と影は、自然と人工との境界をいよいよ曖昧にする形でわれわれの生と死に日々再定義を迫ってきているが、こうした重厚なテーマを掘り下げつつ、いかにも英国作家らしい洗練と韜晦で洒落たSFミステリに仕上げているのが、ブライアン・ステイブルフォード『ホームズと不死の創造者』(嶋田洋一訳・ハヤカワ文庫SF・九八○円)である。舞台は、生命科学とナノテクノロジーの進歩で人類の寿命が二百年を超えている二十五世紀末。人間を内側から貪り白骨にするナノテク植物を用いた連続殺人事件が発生する。シャーロッ“ト”・ホームズ部長刑事は、何者かに殺人現場に呼び出されやってきた気取り屋フラワー・デザイナーのオスカー・ワイルドと共に、被害者たちを繋ぐ百七十年前の出来事に迫ってゆく。端末に張りついてウェブのデータと格闘しながら頼りないホームズを支援するのは、上司(!)のワトスン警視だ。マザーグース、シェイクスピア、ミルトン、ボードレール、ホーソーン、ポー、H・G・ウェルズなど、英米仏の文学を小道具にちりばめたお遊びでにやりとさせながらも、不老長寿を手にした人間の内面にまで踏み込んだ洞察が光る。読み応えのある渋いエンタテインメントだ。

『五人姉妹』
菅浩江
早川書房
 菅浩江の短篇集『五人姉妹』(早川書房・一七○○円)の表題作は、同じく医療技術と人間心理の機微に斬り込む。科学者にして企業家の父によって社運を賭けた成長型人工臓器を幼いころに埋め込まれ成長した女性社長と、不測の事態に備え彼女の臓器提供者として生を受けた四人の非合法クローン姉妹との生涯で一度の面会を通じ、五人五様の人間模様を抑制された筆致でずしりと描いた傑作である。非情とも言えるSFの方法論を以てしてこそぎりぎりのところで浮かび上がる人間存在のいとおしさを、菅浩江は繊細な手つきで掬い取ってみせる。珠玉の九篇は、SFの非情さを厭う読者に、とくにお薦めしたい。

[週刊読書人・2002年3月8日号]

(C)冬樹蛉



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