『フリーウェア』
ルーディ・ラッカー
大森望訳
ハヤカワ文庫SF
 SFの“グルーヴ感”とでも呼べばいいのだろうか、バカ話が転がってゆくファンキーなリズムに酔うという現象がたしかにある。この非常に言語化しにくい感覚を実際に味わってみるのに最適な作家が、ルーディ・ラッカーだ。このたび、『ソフトウェア』『ウェットウェア』に続く《ウェア》シリーズ第三弾、『フリーウェア』(大森望訳・ハヤカワ文庫SF・九○○円)の邦訳が満を持して出た。人類が“自意識”をソフトウェアとしてコード化した(正確には、自意識を発生させるべく機能するコードを書いた)ことによって生まれた知的存在〈バッパー〉が叛乱を起こし、やがて彼らは人類によって滅ぼされるが、その意識は、新素材プラスティックの身体を持つ人工生命体〈モールディ〉に引き継がれた――といったあたりまでが前二作の展開。『フリーウェア』では、モールディと人類が共存する近未来社会で、あいかわらずのドタバタ活劇が繰り広げられる。ラッカーは数学者としての著作も翻訳紹介されており、数学上の概念を具現化した夢の発明が素敵に狂った物語をかきまわすお家藝は健在。いわゆるハードSFとは読みどころが異なる、人を食った独特の雰囲気を醸し出している。ハイテクでポップで哲学的、飄々とした知的な駄法螺吹きの才能は、R・A・ラファティ亡きいま、他者の追随を許さない。

『レスレクティオ』
平谷美樹
角川春樹事務所
 平谷美樹『レスレクティオ』(角川春樹事務所・一九○○円)は、小松左京賞受賞作『エリ・エリ』の続篇。“神”というテーマに真っ向から斬り込んだ前作は、日本SFの古き良き血脈のひとつを継ぐ意欲作と注目されたが、本書も前作をはるかに凌ぐスケールで、神の意味、存在の意味に体当たりしている。光瀬龍を思わせる素朴かつ大胆な作風は技巧的にも洗練されてきているものの、前作の解決篇として意識しすぎたのか、やや眼高手低の感が残った。とはいえ、“眼低手高”は、SFの最も嫌うところでもある。

[週刊読書人・2002年4月12日号]

(C)冬樹蛉



冬樹 蛉にメールを出す

[ホームへ][ブックレヴュー目次へ][SFマガジン掲載分目次へ]