- ■『90年代SF傑作選(上・下)』
- 山岸真編
- ハヤカワ文庫SF
サイバーパンクという華々しい運動に特徴づけられた一九八○年代に比べると、九○年代のSFシーンには、SFファンですら、いまひとつ目鼻立ちのはっきりしない印象を抱きがちである。山岸真編『90年代SF傑作選(上・下)』(ハヤカワ文庫SF・各九四○円)は、そんな印象は錯覚にすぎないと示してくれる海外SF短篇を集めたオリジナル・アンソロジー。新世紀を前にした微妙な時期に、SFのレゾン・デートルが改めて問い直されていったさまを概観することができる。個々の作品から際立った時代性が薫ってくるわけではないのだが、夜空を眩く覆ったサイバーパンクの超新星爆発が光量を落としたあとに、じわじわと浮かび上がってきた星座の多様性こそが九○年代SFの特徴として見えてくるアンソロジーと言えよう。もっとも、星座たちはけっして以前の形そのままではなかったのだが……。安部公房風の不条理感を漂わせる「バーナス鉱山全景図」(ショーン・ウィリアムズ)、昂進を続ける超知能を得た男の驚くべき主観が魅力の「理解」(テッド・チャン)、数学という抽象の粋をサスペンスフルな形而下のハードSFにねじ伏せる奇想の美酒「ルミナス」(グレッグ・イーガン)は、とくに筆者お薦めの傑作だ。
- ■『太陽の簒奪者』
- 野尻抱介
- ハヤカワSFシリーズ Jコレクション
野尻抱介『太陽の簒奪者』(ハヤカワSFシリーズ Jコレクション・一五○○円)は、いまや日本の本格宇宙SFを背負って立つ、野尻抱介入魂のファースト・コンタクトもの。異星人が放ったナノマシンが、水星の資源を材料に太陽をとりまく直径八千万キロのリングを建設、壊滅的異常気象が地球を襲う――。意表を突く導入部からの、贅肉を省いたスピーディーな展開といい、説得力ある律義なディテールの積み重ねこそが生む意外性といい、古典的サブジャンルに真正面から挑む気概は空回りしていない。このテーマの核である思考実験がドラマと有機的に絡み合い、出色のコンタクトSFとなっている。
[週刊読書人・2002年5月10日号]
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