『微睡みのセフィロト』
冲方丁
徳間デュアル文庫
 厳密に科学的であればあるほど“SF度”とでもいうべきものは高いにちがいないといった印象は、じつはSFファンでない人ほど持っているような気がする。歴としたSFを書いているのに、“本格的なSF”じゃないからと、内心ひけめのようなものを感じているプロ作家すらいるようなのだ。そういう読者(や書き手)にお薦めしたいのが、冲方丁(うぶかた・とう)『微睡みのセフィロト』(徳間デュアル文庫・五○五円)である。超能力者によって引き起こされた破滅的大戦争の惨禍から復興しつつある世界では、従来の人間である“感覚者(サード)”と超次元能力を持つ“感応者(フォース)”とが、確執を残しながらも共存している。そんな舞台で、超次元能力による特殊な方法でサードの要人が人質に取られる事件が発生。巨漢の腕利き捜査官と桁外れに強力な感応者少女とが捜査に乗り出す――といった筋立てはさして目新しいものではないのだが、二百ページにも満たないノヴェラの形式でありながら、短さをまったく意識させない濃密な世界構築力にはただならぬものがある。超能力者同士の戦闘も、山田風太郎の忍法小説に通じる痛快さ。科学的想像力とは別次元の質感で勝負する、薄くて分厚いSFだ。

『クリプトノミコン1 チューリング』
ニール・スティーヴンスン
中原尚哉訳
ハヤカワ文庫SF
 こちらは虚実を織り交ぜた世界“再”構築力で読ませるのが、ニール・スティーヴンスン『クリプトノミコン1 チューリング』(中原尚哉訳・ハヤカワ文庫SF・八八○円)。第二次大戦中の暗号解読合戦と現代のネット技術者が計画するベンチャービジネスとが、やがて“暗号”を狂言回しに絡み合いはじめる――。翻訳は四分冊で毎月一冊刊行予定だが、実在の人物をもユーモアたっぷりの手つきで活躍させながら、読者を複雑な暗号の世界にいざなう巧みな語り口は一級品で、刊行中だがぜひ取り上げたい。『ダイヤモンド・エイジ』と並んで翻訳が待たれていた話題作だけに、しばらくは“月刊クリプトノミコン”に酔えることだろう。

[週刊読書人・2002年6月7日号]

(C)冬樹蛉



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