『シャドウ・オーキッド』
柾悟郎
コアマガジン
 身体髪膚之を父母に受く。敢えて毀傷せざるは孝の始めなり――などという古の教えと最も遠いところにある文藝ジャンルは、ほかならぬSFだろう。それがなんであれ“所与のもの”をズラさずにはおかないSFの基本的構えにとって、人体改造は恰好の蠱惑的テーマとなる。柾悟郎『シャドウ・オーキッド』(コアマガジン・一八○○円)は、人体改造を単なる小道具として用いるのではなく、人間の精神に巣食う支配−被支配の構造を人体改造テーマの中にダイナミックに搦め取っている点で、素敵に不埒な作品だ。主人公の中学生・池川雅彦は学校に不適応の烙印を捺され、海中の隔離矯正環境〈海冥学園〉に送り込まれる。そこでは、人体改造によって少年たちの“性”を搾取し、ジェンダー・アイデンティティーを“宙吊り”にすることで精神を支配するという、世にも禍々しい教育方法が実践されていた。ある日雅彦は、学園の女王としてふるまう美しく冷酷な〈姫〉の正体を知る――。過激でありながらも機械を描写するがごとき乾いた性描写が織りなす支配−被支配の物語は、童話的ですらある爛れた無垢の魅力を湛えており、閉じた設定とは裏腹に、現実社会の板子一枚下に潜む〈海冥学園〉を妖しい光で逆照射してくる。

『マーブル騒動記』
井上剛
徳間書店
『歩兵型戦闘車両ダブルオー』
坂本康宏
徳間書店
 支配−被支配の関係は人間同士にだけあるわけではない。第3回日本SF新人賞受賞の井上剛『マーブル騒動記』(徳間書店・一九○○円)は、突如一斉に知能を獲得した牛たちが“牛権”を主張して人間社会を揺るがすという非常にシンプルなアイディアを、正攻法で読み応えのあるドタバタ長篇に展開する筆力が頼もしい。環境庁が公費で開発した合体ロボットが怪獣と戦う抱腹絶倒の同賞佳作、坂本康宏『歩兵型戦闘車両ダブルオー』(徳間書店・一八○○円)には脱帽。合体ロボットがわざわざ合体せねばならない理由には、誰もが唸り納得するはず。やや文章が粗いものの、批判精神が支える破天荒な笑いには大いに期待できる。

[週刊読書人・2002年8月9日号]

(C)冬樹蛉



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