『ウロボロスの波動』
林譲治
ハヤカワSFシリーズ Jコレクション
 この欄でもたびたび取り上げてきた早川書房の新レーベル《ハヤカワSFシリーズ Jコレクション》が、期待を上まわるクオリティーで大向こうを唸らせている。第六弾、林譲治『ウロボロスの波動』(一六○○円)で、野尻抱介・林譲治・小林泰三の当代ハードSF御三家〈NHKトリオ〉が出揃った。乱暴を承知で、「ものづくりの野尻」「奇想の小林」とコピー風に呼ぶとするなら、林譲治は「組織の林」である。「昨今の若い作家には“中景”が書けない人が多い。個人の問題から突如視点がオーバーシュートして、世界やら宇宙やらに跳んでしまう」などと、純文学の世界ですら言われ続けて久しいようだが、事実、人類が宇宙に進出している西暦二一○○年代を舞台に、林はその中景――人間の“組織”に目を向ける。太陽系の近傍に偶然発見されたブラックホールの軌道を改変、天王星の衛星と化し全太陽系の恒久的エネルギー源としようとする一大プロジェクトを軸に、ミステリ的謎解きやテクノスリラーの要素を盛り込んだ連作短篇は、個と個のあいだの情報流通があたかも脳神経網のように生み出す“組織の意識”とでも呼ぶべきものの変容を分厚く描いて飽きさせない。組織に寄せる林譲治の関心は、一般読者(?)とやらへの取ってつけたサービス心ではなく、“コミュニケーション”を共通項として、知性の本質、宇宙に対峙する知性という巨大なテーマに必然として繋がっているのだ。

『群青神殿』
小川一水
ソノラマ文庫
 もうひとつのフロンティア“海”を舞台に、若年層向けレーベルの枠組みを謳歌しつつSFとしていささかも手加減を加えない快作が、小川一水の『群青神殿』(ソノラマ文庫・五五二円)。大型船を次々と沈め、海上自衛隊の砲撃をも弾き返す巨大な海魔の謎に、民間企業がメタンハイドレート試掘用に開発した高性能小型潜水艇を駆る若きカップルが挑む。近年の海洋SF出色の説得力あるアイディアとディテール描写には、すれっからしも胸躍るだろう。

[週刊読書人・2002年9月6日号]

(C)冬樹蛉



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