『航路(上・下)』
コニー・ウィリス
大森望訳
ソニー・マガジンズ
 私は死んだことがない。読者の方々もそうだろう。誰も経験したことがないにもかかわらず、“死”は万人が関心を共有する対象である。だが、死そのものはきわめて没個性的で退屈なものだ。死を語るということは、零で割ろうする算術のようなもので、結局われわれはいつも、死に“ついて”しか語っていない。コニー・ウィリスの『航路(上・下)』(大森望訳/ソニー・マガジンズ/各一八○○円)は、その語り得ぬはずの死を、物語の力で鮮明に浮かび上がらせた稀有な作品だ。臨死体験を科学的に解明しようとする認知心理学者ジョアンナと神経内科医のリチャードは、あの世の実在を“証明”するキワモノ本で知られたノンフィクション作家マンドレイクの熱心な布教に悩まされながらも、薬剤を用いて脳に疑似的臨死体験をさせる研究プロジェクトを通じ、徐々に臨死体験の正体に迫ってゆく。みずから被験者ともなったジョアンナは、臨死体験の本質に関わる重要なヒントを求めて、高校時代に英語を教わった恩師を捜しあてるが……。メリハリのあるわかりやすい小説だけれども、後半に待っている大どんでん返しには絶句。こんな手があったのか、だ。また、ごまかしにも逃げられる題材でありながら、どこにも逃げはない。大冊を一気に読ませる職人技の語り口と全篇を彩るユーモア。傑作である。論理的であればこそ人間的な深い感動を呼ぶラストは、ウィリス流『アルジャーノンに花束を』だろう。

『ストーンエイジCOP 顔を盗まれた少年』
藤崎慎吾
カッパ・ノベルス
 SF成長期の素朴な風味を新風に乗せて“遅れてきた”SF作家、藤崎慎吾の最新作『ストーンエイジCOP 顔を盗まれた少年』(カッパ・ノベルス/八四八円)は、〈巡査補〉階級の民営警察官、通称〈コンビニCOP〉の快男児・滝田治が、巨大バイオ企業の闇に迫る近未来アクションSF。痛快活劇の中にも、生命倫理やテロなどの「いま、そこにある」問題を真摯かつグロテスクに展開してみせる。藤崎慎吾のイメージを発展的に塗り替える好篇だ。

[週刊読書人・2002年10月11日号]

(C)冬樹蛉



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