『プレイ ―獲物―(上・下)』
マイクル・クライトン
酒井昭伸訳
早川書房
 ナノテクノロジーという題材は、SFではすっかりありふれたものになったけれども、ナノテクを真正面から武骨に描いた作品となると、まださほど多くはない。十歩先の魔法のようなナノテク未来像が数多く現われている割には、二、三歩先の手堅いナノテク描写は意外に手薄だったのである。マイクル・クライトン『プレイ ―獲物―(上・下)』(酒井昭伸訳/各一五○○円/早川書房)は、そのポケットに挑み、ナノテクSFを極端なヴィジョンの提示からかなり現実に引き寄せた意欲作だ。ハイテク企業・ザイモスが軍をスポンサーに作り出したナノマシンの群れ【ルビ:「群れ」=スウォーム】が製造プラントから漏出、ネヴァダの砂漠に解き放たれてしまう。単体としては単純なプログラムしか持たない自律エージェントであるナノマシンだが、十分な数が群れると高度な協調行動を取り、学習し自己複製をする事実上の“生物”と化して驚異的なスピードで進化してゆくのだ。失業中の主人公ジャックは、スウォーム制御プログラムの専門家としてプラントに赴く。すでに動物を襲い栄養源とするまでに進化した賢く黒い霧の柱とジャックたちの、命を賭けた知恵比べがはじまった――。小説の骨格は、クライトン自身の古典『アンドロメダ病原体』など、人間と未知の脅威とが織りなすサスペンスの定石を出るものではなく、娯楽性を優先して曖昧にした細部も多いが、ソフトウェア、バイオ、ナノテクがクロスオーバーする領域での脅威を存外に細かく描いており、ハードSF的歯応えと娯楽性とのバランスは高く評価できる。

『小指の先の天使』
神林長平
早川書房
 神林長平『小指の先の天使』(一六○○円/早川書房)は、二十年以上にわたって書かれてきた中短篇六篇を収録した作品集。現実と仮想の等価性と差異とを求め抜いてきた神林の足跡が鳥瞰できる。かくも同じことにこだわりながら、けっして同じように書いてはいない執念と力量には改めて感嘆。「原点にして到達点」とあるコピーは常套句ではなく、掛け値なしの事実だと納得されよう。

[週刊読書人・2003年4月11日号]

(C)冬樹蛉



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