『ファウンテン・ソサエティ』
ウェス・クレイヴン
渡辺庸子訳
ソニー・マガジンズ
 人格の移植や保存というアイディアは、コンピュータが日用品となった現代では、“人格というソフトウェア”を機械にアップロードする方法に直結してしまいがちだ。むかしは、首だけ生かしておいたり、脳だけ機械に移植したりしていたものである。アップロード法に馴染んでしまったいまになって、改めて脳の移植を真正面から描かれてみると、妙に淫靡で新鮮な感じがする。コロンブスの卵だ。ホラー映画監督として有名なウェス・クレイヴンが初めて書いた小説『ファウンテン・ソサエティ』(渡辺庸子訳/ソニー・マガジンズ/二○○○円)の話である。老いた天才物理学者ピーター・ジャンスは、核兵器を凌ぐ威力の指向性エネルギー兵器を米軍のために開発中だが、癌に冒され余命いくばくもない。一方、ピーターの妻で神経生物学者のビアトリスは、いったん切断された人間の脊髄を完全に修復する化学物質を発見。これで脳移植に必要な技術が出揃った。となれば、ピーターの脳を若い健康な肉体に移し、兵器開発を続けさせようと軍が考えないわけはない。ただし、肉体提供者は彼のクローンでなければならないのだ。いまからまにあうわけがない。だが、功名心にはやる遺伝子工学者ウルフの計画は、ずっと以前から周到に進められていたのだった――。ホラー映画監督だけあって、没倫理的な事態を奇妙なユーモアで味つけしながら写実的に描写してゆく手際には、捨て難い味がある。ごまかしも多く御都合主義の展開が目立つものの、大冊を一気に読ませる天性のドライヴ感には驚いた。

『ユービック:スクリーンプレイ』
フィリップ・K・ディック
浅倉久志訳
ハヤカワ文庫SF
 フィリップ・K・ディック『ユービック:スクリーンプレイ』(浅倉久志訳/ハヤカワ文庫SF/七二○円)は、映画化され損ねたディックの古典的傑作『ユービック』の、作家自身によるシナリオ版。自分で立てたプロットの枠をいつも自分で破壊してしまうのがディックの味だが、形式の縛りがプラスに働き、小説版の現実崩壊感覚をいっそう際立てる形で媒体変換に成功している。

[週刊読書人・2003年5月9日号]

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