『不在の鳥は霧の彼方へ飛ぶ』
パトリック・オリアリー
中原尚哉訳
ハヤカワ文庫SF
 “仮想現実”なる、馬から落馬しているような言葉がある。人間が認識し得る現実は、人体の物理的な制約上すべて仮想であるに決まっている。唯一無二の“真の現実”と一体化している存在があるとすれば、その存在は現実をいちいち「現実だ」と認識する必要などないはずだから、“現実”という概念を持たないということになろう。“真の現実”なるものから常に既に疎外されているからこそ、また、無限に存在し得る仮想現実の中から己にとっての現実を選ばざるを得ないように運命づけられているからこそ、人間は逆説的に“現実”を手にし得ているのである。パトリック・オリアリーの『不在の鳥は霧の彼方へ飛ぶ』(中原尚哉訳/ハヤカワ文庫SF/九四○円)は、近年のSFで安易に用いられすぎて陳腐化している仮想現実テーマを新鮮な手つきで扱った傑作だ。互いを補完するかのような性格を持ち、いまはさして交じわりもなく対照的な人生を歩んでいる中年の兄弟、CM監督のマイクと英文学教授のダニエルは、謎の男タカハシから互いを捜し当てるよう指示を受ける。その捜索行を通じて、彼らの少年時代や過去の出来事が、あたかも彼らにレヴューを迫るかのようにまとわりついてくるのだった。やがて兄弟は、自分たちの“居場所”を二重の意味で知ることになる――。“現実”と“生”の意味をSFならではのやりかたで掘り下げた哲学的な作品で、フィリップ・K・ディックの名作『ユービック』を意外な方向に展開した再話とも解釈できるだろう。神林長平が絶賛するのも道理だ。

『呪禁局特別捜査官 ルーキー』
牧野修
祥伝社 ノン・ノベル
 牧野修『呪禁局特別捜査官 ルーキー』(祥伝社ノン・ノベル/八三八円)は、科学技術と魔術との関係が微妙に入れ替わっている世界で、魔術版原発“霊的発電所”へのテロに、魔術犯罪を取り締まる若き“呪禁官”ギアと養成所時代の悪友どもが立ち向かう。この世界では魔術も実効性・汎用性を持つテクノロジーだから、いわばオカルト版トム・クランシーの《ジャック・ライアンもの》だ。

[週刊読書人・2003年6月6日号]

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