『約束の地』
平谷美樹
角川春樹事務所
 乱暴な一般化だが、知能であれ体技であれそのほかであれ、凡庸でない能力を持つ者が迫害される話にSFファンは弱い。そこに自分たちの姿を重ねてしまうからだ。彼らは(われわれは、だが)誰にでも理解できるわけではない小説がわかることにある種のエリート意識を持ちながらも、SFなどというヤクザなものを必要とすることに強烈な劣等感を抱いている。その精神構造は単にトマス・マン的な〈藝術家と市民〉のカリカチュアなのかもしれないのだが、極端に分衆化が進んだ現代社会では、つまるところ誰もがなんらかの形でのマイノリティーだと感じ、SFファンと同じように超能力者たちに感情移入しているのかもしれないのだ。平谷美樹の『約束の地』(角川春樹事務所/二一○○円)では、超能力を持つがゆえに普通人の社会からはみ出してしまう者たちが、穏やかに同胞と暮らせる〈約束の地〉を求めて東北の廃村に移り住む。が、超能力者の兵器化を目論む自衛隊の佐官が表と裏の組織を動かして彼らの捕獲に乗り出し、事態は凄惨なサイキック戦争へと進展してゆく。昨今珍しいほどに超能力者ものの古典的定石を踏んでいるが、誰もがマイノリティーとして孤立し〈約束の地〉に憧れる世相を寓話的に醒めた語り口で定石に重ねている点が現代的だ。超能力者テーマのこの作品が、村上龍の『希望の国のエクソダス』に似てしまっているところにこそ、現代日本を考えさせられる苦いものが見える。

『ルナ Orphan's Trouble』
三島浩司
徳間書店
 第4回日本SF新人賞受賞作、三島浩司『ルナ Orphan's Trouble』(徳間書店/一九○○円)は、海上に出現した謎の物質に周囲を取り巻かれた日本が、物質に起因する怪疾患と放射線のため実質的な鎖国状態に陥り没落してゆくという、小松左京の『首都消失』などを思わせる作品。単なる極限状況シミュレーションではなく、極端に凹凸を強調した日本のいま現在を幻視している。血の通った人物たちの泥臭い生きざまを活写する筆力は、粗削りながら読む者を魅了する勢いを持つ。

[週刊読書人・2003年7月11日号]

(C)冬樹蛉



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