『サウンドトラック』
古川日出男
集英社
 アウトサイダーがアウトサイダーなのは、彼らを疎外する側のインサイドが曲がりなりにも輪郭を保っているかぎりにおいてである。インサイドの断末魔が聞こえるとき、境界線上で踊る“ノーサイド”の少年少女たちは、共同体が自己を再組織化する妖しい力の依代と化すがごとく、破壊と創造の色で旧い地図を塗り替える。古川日出男『サウンドトラック』(集英社/一九○○円)は、そんな少年少女が躍動する近未来の東京を幻視した傑作だ。父親にサバイバル技術のみを叩き込まれた六歳の少年トウタと、母親に所有物同然の扱いを受けて育った四歳半の少女ヒツジコは、海上でそれぞれの親を失う事件に遭遇し小笠原の無人島に漂着、野生のヤギと共に二年を生き抜く。都の職員に発見され兄妹として養父母を得た彼らは、再び別々の人生を歩みはじめる。西暦二○○九年、熱帯と化し、不法移民と外来生物がひしめく東京。トウタはアウトサイダーたちの社会に逞しく溶け込み、一方、名門女子校に進学したヒツジコは、見る者の「オブセッションを解放する」ダンスの異能を開花させていた。彼女の踊りは学園を内部から侵食し、外国人排斥に凝り固まった西荻窪の地域社会をも揺さぶってゆく――。『夢の島』で日野啓三が描いた無機質な都市にうねる生命の息吹が、“熱の島”を疾駆する新時代の『東京のプリンスたち』に憑依した。おなじみ“汚い未来”を描きながら、夜明けにも似た希望に溢れた青春小説である。

『異国伝』
佐藤哲也
河出書房新社
 佐藤哲也『異国伝』(河出書房新社/一五○○円)は、誰も知らない四十五の風変わりな小国を寓話風の語り口で紹介してゆく奇妙な味の小説。あくまで寓話“風”であって、こちらがなんらかの寓意を読み取ってしまいそうになると、絶妙の手捌きで煙に巻かれる。法螺話からすら寓意を読み取りたがる人間の性向を逆手に取ったロールシャッハテストとも言えよう。作品の成立に読者を関与させずにはおかない不敵な試みである。おいそれとは真似のできない突然変異的作品だ。

[週刊読書人・2003年11月7日号]

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