どのように生きるかではなく
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信仰を持つために教会にやってきた人にたいして、
まず始めに、初めに、
どのように信仰すればいいのかを教えるべきだろうか。
キリスト教の信仰は、
世俗の中をどのように生きるべきかを教えるものなのだろうか。
教会の牧師は、その人にたいして、
どのように生きるべきかについて助言する役目を負っているのだろうか。
聖書・バイブルが語るように、
はたして、
”どのように死ぬべきか ”について教会はメッセージしているだろうか。
私たちが生きているこの世界が、
ただ、中間点であり通過点だということを、
教会は語っているだろうか。
ある道のりの、ある旅路の、中ほどだということを。
私たちは、いずれ死をむかえることは決まっています。
いずれ墓が必要となるはずです。
しかし、
キリスト教の信仰は、
イエス・キリストへの信仰は、
一生を、どのように生きるかではなく、
私たちの、すべての生涯の目標が、
墓の向こうを指し示していることを明確にするものなのです。
人間が死ねば、
墓に入るのではなく、
つまり、地上での歩みを終えれば、
待っているのは、
待ち受けているのは、
この世よりも、はるかに素晴らしい世界か、
それれとも、
この世よりも、はるかに過酷な世界かなのです。
クリスチャンは、墓など必要とはしません。
待っているのは永遠の命だからです。
クリスチャンがこの世の死をむかえるとき、
それは、この世界から栄光の世界へと移される瞬間なのです。
イエス・キリストのもとへ、
栄光に満ちた安息の世界へと移される瞬間なのです。
「 わたしたちの地上の住みかである幕屋が滅びても、
神によって建物が備えられていることを、
わたしたちは知っています。
人の手で造られたものではない天にある永遠の住みかです。
わたしたちは、天から与えられる住みかを上に着たいと切に願って、
この地上の幕屋にあって苦しみもだえています。
それを脱いでも、わたしたちは裸のままではおりません。
この幕屋に住むわたしたちは重荷を負ってうめいておりますが、
それは、地上の住みかを脱ぎ捨てたいからではありません。
死ぬはずのものが命に飲み込まれてしまうために、
天から与えられる住みかを上に着たいからです。
わたしたちを、このようになるのにふさわしい者としてくださったのは、神です。
神は、その保証として“霊”を与えてくださったのです。
それで、わたしたちはいつも心強いのですが、
体を住みかとしているかぎり、
主から離れていることも知っています。
目に見えるものによらず、
信仰によって歩んでいるからです。
わたしたちは、心強い。
そして、体を離れて、主のもとに住むことをむしろ望んでいます。
だから、体を住みかとしていても、
体を離れているにしても、
ひたすら主に喜ばれる者でありたい。
なぜなら、わたしたちは皆、
キリストの裁きの座の前に立ち、
善であれ悪であれ、
めいめい体を住みかとしていたときに行ったことに応じて、
報いを受けねばならないからです。」
(新約聖書・コリントの信徒へのパウロの第二の手紙・5章1〜10節・新共同訳聖書)
救いとは何でしょうか。
つまり、神の裁きからの救い・・・・。
私たちは、神から救われなければならないのです。
しかし、救ってくださるのも神ご自身なのです。
神の裁きとは、私たちを、
天国か地獄か、いずれかへの審判・・・。
キリスト・メシア・とは救い主のことです。
神のひとり子イエス・キリストこそ、
神の裁きから、
私たちを救ってくださるその方なのです。
私たちのために、神が、ご自身のひとり子イエス・キリストの生と死と復活において備えてくださった、
すばらしい救いを得て、
神の前に正しい者として立つことができるのです。
「 口でイエスは主であると公に言い表し、
心で神がイエスを死者の中から復活させられたと信じるなら、
あなたは救われるからです。」
(新約聖書・ローマの信徒へのパウロの手紙・10章9節・新共同訳聖書)
ひとりの人がすべての人のために死んだという出来事、
イエス・キリストの十字架の死による贖いのわざ(あがないのわざ)という出来事を、
イエス・キリストの死と葬りと復活を信じる信仰によって、
神との和解を得、
罪を赦され、罪から解放され、
永遠の命へと移されるのです・・・。
「 キリストは死者の中からよみがえって、
もはや死ぬことはなく、
死はもはやキリストを支配しないことを、
私たちは知っています。」
(新約聖書・ローマの信徒への手紙・6章9節・新改訳聖書)
いずれ死ぬ私たちの死をキリストの十字架と共に死にわたし、
キリストが葬られて三日の後に復活されたように、
キリストと共に復活することによって、
永遠の命へと移されるのです。
キリストが言うのは、
どのように生きるかではなく、
どのように死ぬのかということなのです。
北白川 スー
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Wrote up on 24 June, 2012.