恐れるな・・裁きと救い



キリストの福音とは、
間違いなく、”神の怒りの裁きからの救い”です。

創造をないがしろにし、
創造主なる神に背き続けている人間たち・・・。
私たちは、いずれ神の裁きを受けなければならないのです。
生きている人も、かつて生きていた人も、ひとりの例外もなく。

でも、この日本では、そうだとは広く知らされてはいません。
多くの日本人は知らないのです。

福音とは、イエス・キリストを心に迎え入れ、
イエス・キリストを礼拝することだと思っている人も実に多いものです・・。
社会的な弱者の救済が福音だとも・・。

本来なら、福音のまことの内容と意味とを、
正確に知らせるのが、キリスト教の教会のメッセージなのです。

福音とは、神がご自身のひとり子イエス・キリストの、
生と死と葬りと復活において備えられた、
神の怒りの裁きからの救いの出来事なのです。
生と死と葬りと復活が、なぜ・・・解き明かされなくては理解できません。

「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。
独り子を信じる者が一人も滅びないで、
永遠の命を得るためである。
神が御子を世に遣わされたのは、
世を裁くためではなく、
御子によって世が救われるためである。
御子を信じる者は裁かれない。
信じない者は既に裁かれている。
神の独り子の名を信じていないからである。」

(新約聖書・ヨハネによる福音書・3章16〜18節・新共同訳聖書)

人間には、神の裁きという、とても大きな事柄が用意されていることを、
神の怒りの裁きという危険極まりない事柄を、
私たち日本人はまったく知りません。

その神の怒りの裁きを、
私たちに代わって受けてくださったのが、
ひとりの人がすべての人のために死んだという、
イエス・キリストの十字架の死による贖いのわざ(あがないのわざ)という出来事なのです。
すなわち福音なのです。

危険極まりない神の怒りの裁きという事柄が、
詳しく説かれ解き明かされるなら・・・。

知らされなければ、実体のない恐れが生まれるでしょう。
恐れからの信仰も始まることでしよう。

知らされないのなら、内容や意味の分からない、
感情的な恐れが生まれてくるだけなのです。

しかし、具体的に事の詳細が語られるなら、
決して恐れから始まるものではありません。
その逆で、理性によって受け止められた、
道理の整った論理的な理解から、
納得をともなった感謝が生まれ、
恐れではなく、明日への希望という信仰は始まるものとなるのです。

知らされていれば、あいまいな恐れではなく、
物事の詳しい内容を見極めることができます。
それが何につながるのかを、具体的に認識することができるのです。

キリストが、私たちに代わって神の怒りを受けてくださったと信じるなら、
信じた者は、神の怒りの裁きから除外されます。
キリストが身代わりとなってくださったのですから、
地獄ではなく天国へ、永遠の命へと移されるのです。
天国とか地獄とか永遠の命とか・・・、
何を夢みたいなことを言っている・・・と言われそうです。
これまた具体的に解き明かされなくては理解できません。

「すなわち、自分の口で、イエスは主であると告白し、自分の心で、
神が死人の中からイエスをよみがえらせたと信じるなら、あなたは救われる。
なぜなら、人は心に信じて義とされ、口で告白して救われるからである。」

(新約聖書・ローマの信徒への手紙・10章9〜10節・口語訳聖書)

感情的な恐れを克服しなければ見ることがなかったものを、
感情に動かされないで、理性によって、論理的に、具体的な景色として、
恐れから来る想像ではなく、具体的なものとして、
恐れからでは決して見ることができなかった視点で、
世界を日常を眺め見つめることができるようになります。
曖昧な恐れからくる曖昧な想像ではなく、
ものごとにたいしての具体的な反応や行動すら変わります。
新しい人生を、新しい生活を見出すこととなるのです。

キリストへの信仰というものは、そのようなものなのです。

キリストへの信仰によって新しい生活を見出すことになりますが、
信仰によって導かれる新しい人生は、
決して物質的な豊かさに恵まれ、
経済の発展や栄えることを約束しているものではありません。
現在の社会の情景は、決して神の意志を反映しているものではないからです。

どのような信仰であっても、
人間が生きている過程とともにあるものです。
キリスト教の信仰は、葬儀や法事などの死者のための信仰ではなく、
生きている者のための信仰であることを知ってください。
今を生きるための信仰なのです。明日のために。

暮らしの困窮から救うのが福音だと思っているのなら、
その困窮を招いた理由を探り知りましょう。
そこには神への背きの罪が隠れています。
決して自分の義を手にすることが福音ではありません。


北白川 スー

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Wrote up on June 05, 2014.