キリストって何



キリストってだれ・・・・。
日本ほど、キリストは誰なのか知られていない社会は、
他に例を見ないかもしれません。

よく洋画に取り上げられる、
イエス・キリストの話しなんて神話であって、
現代の私たちには、直接関係のない話しだと・・・・・。

キリストとは、メシア・救世主のことです。
私たちが救われることも逃げることもできない状態であればこそ、
キリストは必要とされるのです。

毎日のようにニュースされる、争いの絶えない人間社会です。
だから救世主が求められるのでしょうか。

病気や経済苦や人間関係の悩みなどから救いだすのがキリストなのでしょうか。

それが”福音”なのでしょうか。

聖書・バイブルが語っているのは。

人間の本性を、
人間が生まれながらに負っている性質を言っているのです。
その性質が、思いとなって言葉となって行為や行動となって、
自分にたいして、他人にたいして、神にたいして、
罪を犯し続けているのです。

私たちのさまざまな問題の原因は、
すべて、人間の本性的な性質によって引き起こされてくるのです。
生まれながらに負っている性質がすべての源なのです。
それを”原罪・ゲンザイ”と言います。

人間の本性的な性質を明らかにすることによって、
少なくとも、人間の思いや言葉や行為行動を正すことはできます。

しかし、生まれながらに負っている性質が無くなるわけではありません。
依然として私たちは苦しみ続けなければならないのです。

さらには、生まれながらに負ってしまった罪にたいしては、
神の裁きが待っています。
私たちの生まれながらに負っている性質と、
天地万物を創造された神とは密接な関係にあるのです。

いずれ、すべての人が直面することになる、
もっとも重要な問題が、
神の怒りの裁きなのです。

その神の怒りの裁きからの救いこそ、
キリスト教が言うところの救いなのです。

福音とは、神の怒りの裁きからの救いの出来事こそ福音の内容と意味なのです。

ひとりの人がすべての人のために死んだという出来事、
イエス・キリストの十字架の死による贖いのわざ・・
”あがないのわざ”という出来事こそ。

神がご自身のひとり子、イエス・キリストの生と死と葬りと復活によって、
そなえてくださった救いなのです。

キリスト教の信仰とは何でしょうか。
それは・・・・。
救い主・キリストへの信仰を通して、
また、キリストの十字架の死という”わざ”において、

私たちがどのようにして罪を赦され、
罪から解き放たれのか、
さらに、私たちがどのようにして、
裁き主である神の前に、
すべてのものを創造された、私たち人間をも造られた、
創造主なる父なる神の前に、
正しい者として立つことができるのか・・・・・・。

「口でイエスは主であると公に言い表し、
心で神がイエスを死者の中から復活させられたと信じるなら、
あなたは救われるからです。
実に、人は心で信じて義とされ、
口で公に言い表して救われるのです。」

(新約聖書・ローマの信徒への手紙・10章9〜10節・新共同訳聖書)

私たちの神への罪のために死んでくださったキリストへの信仰を通して、
そなえてくださった、神の怒りの裁きからの救い・・・・・。

自分の思う通りにならないいらだちと、
神とが関係あるなど信じられない・・・と、多くの人は言います。

自分を信じて生きて行くことが素晴らしいことだと励ましてほしいのに。
その自分に問題があるのだと・・・・・・。
信じられない・・・・・。

明らかにしなければならないのは。
人間が生まれながらに持っている性質が、
その性質を認めようとはしない原因でもあるのです。
多くの日本人は自分の本性に気づいてはいません。


北白川 スー

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Wrote up on February 18, 2015.