福音が社会に与える影響



巨額な財政赤字、高齢化社会、過疎に過密、食料自給率の低さ、
教育現場の混乱、原発問題、などなど、取り上げれば切がないほど、
日本の社会が抱える負の問題は多い。
それらはすべて、罪深い人間のなす業が招いた結果だと言っていい。

社会に与えるキリストの福音の影響を考えてみれば。
聖書・バイブルは、決して繁栄を約束しているものではない。
国家や社会が、物質的に豊かになり、栄え発展することを約束しているのではない。
その逆だと言っていい。
キリストの福音は、世の中の動きにたいして無関心な、
こだわらない態度を取らせるものではなく、
さまざまな事柄にたいして、
きわめてきびしい緊張関係に立たせるものなのです。
キリストの福音は、個々、別々というものではなく、
ひとつのまとまりのある思想によって、社会のさまざまな側面に影響を与えます。
神は、私たちが大きく向きを変えることを求めています。
神である”主 ”に立ち返ることを求めるからです。
人間の欲望ではなく、神に聞き従うことを、
大きく方向転換を強いるものだからです。

福音が社会に与える影響とは、
福音は社会を根底からひっくり返すに値するメッセージを持っているからです。
しかし、説かれ解き明かされてのことであることを忘れてはならない。

福音、すなわち、
ひとりの人がすべての人のために死んだという、
イエス・キリストの十字架の死による贖いのわざ(あがないのわざ)という出来事は、
被造物としての人間の罪にたいする、創造主なる神の答えなのです。
人間の罪とは、神を神と思わないというものであり、
神の人間への恵みという出来事としての、
イエス・キリストの十字架の出来事にたいする無関心と、
十字架の出来事を受け入れることによって生れてくるだろう結果を避け嫌う意識なのです。

キリストが、すべての人の罪をその身に負って、
罪人として、神の怒りの裁きを受けられたという出来事は、
ひとりの例外もなく、私たちは罪深い存在であることを証ししています。
救われなければならないのは私たちであり、
救ってくださるのは神ご自身なのです。

主なる神は、命を思われる方であり、
決して、物質的な豊かさを求められる方ではありません。

主なる神は、地の作物からのささげ物を喜ばれるのではなく、
羊の初子を喜ばれるからです。

「神は、キリスト・イエスを、その血による、
また信仰による、なだめの供え物として、公にお示しになりました。
それは、ご自身の義を現わすためです。
というのは、今までに犯されて来た罪を神の忍耐をもって見のがして来られたからです。」

(新約聖書・ローマの信徒への手紙・3章25節・新改訳聖書)

福音が求めるのは、
自分の欲望や、さまざまな誘惑に勝つこと、そして節制。
物質的な豊かさを求めるのではなく、
自然の摂理に従った暮らしを取り戻すこと・・・・。


北白川 スー

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Wrote up on April 16, 2014.