卓球バレーのあゆみ

 卓球バレーは,近畿の筋ジストロフィー症児のための養護学校で始められた競技で,1974年(昭和49年)の,「第5回近畿筋ジストロフィー症児交歓会スポーツ交流会」から,実施されるようになりました。
 卓球バレー実施に当たって,京都市立鳴滝養護学校がルール作成の中心となり,ルールや用具を工夫・改善しながら,現在に至っています。
 京都では,1976年(昭和51年)から,重度の障害のある人も楽しく,団体でできる競技として,卓球バレーが身体障害者のスポーツ研修会で紹介されました。それ以後,京都障害者スポーツ振興会を中心に,重度の障害のある人のスポーツとして,京都府全域に広められました。
 1981(昭和56年),国際障害者年を記念して,「全京都身体障害者スポーツ大会 卓球大会の部」の一種目として団体戦に取り入れられ,益々,盛んになりました。
 さらに,1987年(昭和62年)には,「第1回全京都共同作業所対抗卓球バレー大会」が実施されるようになりました。
 また,1987年(昭和63年)の,「第24回全国身体障害者スポーツ大会」では,公開競技として,全国に紹介されました。
 さらに,1988年(平成元年)からは,「全京都障害者総合スポーツ大会 卓球バレー大会」として,独立して開催され,参加チームは100チームを超え,参加者も1,000名を超える大会として,毎年開催されています。
 今では,京都市をはじめ,府下の各地域で,地区ごとの大会も開催されています。京都以外では,愛知県,愛媛県,大分県などで,大会が行われていると聞いています。
 1999年(平成11年)12月には,「卓球バレー全国発表会」が,日本障害者スポーツ協会の後援も受けて京都市で開催され,全国への普及・発信も行っています。