イアムブリコス『錬金術断片集』
[人物]
伝統という言葉は、まことに錬金術にぴったりしている。というのも、近代科学が前むきであるのに、錬金術は全般的にうしろむきだからである。錬金術師は、「古代人」はこの術の秘密を知っていて、それをおこなうことができたと信じていた。そこで彼らは、主として古代人の書物の意味を理解することに専念した。それにたいして近代科学は、これまでまったく知られていなかった事実がいつ解明されるかを努力して待ち望む。近代科学は、それを仕上げた人たちを、尊敬と栄誉の念で回顧するけれども、その人たちの著作のなかに、近代科学の啓発を明らかにするはずの秘密が隠されたままになっている、などとはすこしも信じない。 モーセースの倍化 (MwsevwV divplwsiV) (e cod. Venet. Marc. 299, fol. 185r) 2181 002 2 38 13t 青緑色をした銅1〔ウンキア〕、雄黄つまり火を通さぬ硫黄1、さらに、手をつけられていない〔第一熔錬の〕硫黄1、鶏冠石1。〔これらを〕ハツカダイコン種子の油〔Dsc.I-45〕〔の中〕で、〔さらに〕鉛〔を加えながら〕、3日間、搗き砕け。円錐形の小坩堝(ajkmavdion)の中に投げこみ、硫黄分が除去される〔「神化される」の意もある〕まで、炭〔火〕の上に置け。そして降ろせ。そうすればおまえは〔生成物を〕見出すであろう。この銅1ヶ、金3ヶの割合を、炉(cwvnh)をきつくして、熔融せよ。そうすれば、神の助けによって、万有金(to; pa:n crusovn)をおまえは見出すであろう。 2009.09.11., 2010.07.22. この処方のテキストは正しくはないが、生成物には、金およそ六六パーセント、銅・鉛・砒素の合金三三パーセントが含まれており、色や化学反応に対する抵抗性の点で、純金によく似ていると思われる。こういう処方をおこなった錬金術師なら、当然、金は雄黄の黄金色の助けをかりて鉛と銅を金固有の物質に変えた、と考えるだろう。それらの作り手たちがこのように考えたという証拠は、技術的記載をしているパピルスにのっている。 (テイラー『錬金術師:近代化学の創設者たち』p.51) |