title.gifBarbaroi!
back.gifAndocides資料1


「ヘルメス神像毀損事件」関係資料(2/3)






2 Plutarchos (ho Kaironeia)



「アルキビアデス伝」

 第18節

 これ〔将軍は全権を握るべしとのデモストラトスの決議案〕を民会は議決し、遠征軍の船出支度はことごとくととのった。ところが、肝心の吉兆があらわれず、とくに祭りのめぐりあわせが縁起がわるかった。あいにく、そのときはアドニス祭のころにあたっていて、埋葬する死体になぞらえた人形を町じゅうにさらして女たちに見せると、彼女らは埋葬の儀式のまねごとをして胸うちたたき、ともらい歌をうたう習わしだったからだ。

 さらに、たたみかけるようにおこったのがヘルメス柱像破壊事件だった。すなわち、町なかの方々にたてられていたヘルメス柱像のほとんどが、一晩のうちにその顔をそがれてしまったのだ。これには、ふだん、そういったことを気にかけぬ人々でさえも、うろたえまわるものがおおかった。そこで、こいつは、コリント人が、シシリー島のシラクサは自分らの植民地なので、もし、そのような凶兆がおこれば、シシリー遠征はのびのびになるか、あるいは、とりやめになろう、とかんがえてやった仕わざだと、ウワサされた。

 しかし、大衆の気持は、こんなウワサにも、また、そのような前兆など一向にこわくはないと思っている連中の言うことにもうごかされなかった。むしろ、とかく手におえない若者というものは、いたずらがきっかけで、やがて、めちゃくちゃな行動におよびがちなものだが、この事件も、そういった若者たちが、つよい酒によっぱらったあげくによくやりたがる種類の仕わざだとかんがえられた。

 しかし、評議会も民会も、この事件は、大事をひきおこそうとする陰謀がもとだと見て、怒るとともに、おそれをなした。そこで、わずか数日のうちに、何度もあつまって、およそ、うたがいのかかることは、ひとつのこらず、とことんまで調べあげたのだった。


 第19節

 こうしているうちに、民衆指導家のアンドロクレスは何人かの奴隷と在留外人を証人につれだしてきて、アルキビアデスとその友人連はすでにヘルメス以外の神像をうちこわしているし、また、飲んだくれたあげくは、おそれおおくもエレウシスの秘儀をもじるなどという大それたふるまいにもおよんでいると訴えでた。この申したてによると、テオドロスとかいう男は、そのもじった秘儀の行列の布令役、プゥリュティオンは松明をもち、そしてアルキビアデスは導師の役を演じ、ほかの仲間連中は、みずからも秘儀の初信者と称して、その場にでて見物していたと言われる。事実このことは、キモンの子テッサロスが、エレウシスの二柱神をけがしたかどでアルキビアデスをうったえた告発状のなかに書かれている。

 こうして民衆の気はあらだち、アルキビアデスに毒々しい気持をいだいた。そこにもってきて、彼の宿敵アンドロクレスが、さらに民衆の怒りをあふりたてたものだから、さすがのアルキビアデスも、はじめのうちは、つい、あわをくらってしまった。

〔出征兵士たち、アルゴスおよびマンティネアの同盟国のアルキビアデス支持〕

〔政敵の策〕


 第20節

 だが、彼は、ついに民会を説きふせきれぬまま、遠征の船出を命ぜられてしまった。

〔恐慌〕

 ところが、彼が町をあとにして遠征にでてゆくと、政敵の攻撃は一だんとはげしくなってきた。彼らは、あのヘルメス柱像暴行事件に、例の秘儀の一件までもねじりあわせて、それは、いずれも革命をねらう一連の陰謀からでたものだ、と言いたて、いやしくも、その件で訴えられたものは、ことごとく裁判ぬきで牢屋にぶちこんだ。そして、あのとき、あれほど重大な告発を受けたアルキビアデスを裁きにかけて判決をくださなかったことを、いまさらのようにくやしがっていた。そこで、この怒りのそばづえを食らったアルキビアデスの身内のもの、友人、仲間たちは、まったくひどい仕うちをうける羽目におちいった。

 トゥキュディデスは、この告発者たちの名をあげるのをはぶいているが、ディオクレイダスとテウクロスという人物の名をあげる人もいる。彼らについては、たとえば喜劇作家フリュニコスは、こう描いている、

 「おなつかしいヘルメスさま。どうぞ、うっかりおころびになって、打ちどころ悪くなさり、なにか悪事を企んでいる、もうひとりのディオクレイダスなんぞに、あられもない中傷の種をおあたえにはなりませぬよう、お気をつけてくださいまし」と。  すると、ヘルメスが答えて、「いかにも気をつけよう。あのけがらわしい、よそもののテウクロスなんどに告発のほうびなどあたえたくはないしな」と言った。

 だが、告発者たちがしめす証拠には、しっかりとした、たしかなことは、なにひとつなかった。たとえば、そのひとりが、どんなふうにしてヘルメス柱像ごわり犯人の顔つきがわかったか、とたずねられて、「月の光にすかして」と答えた。ところが、あいにく事件の夜は晦日で月などでるはずがない。こうして、話は、すっかりぶっこわれてしまった。もののわかる連中は、これを聞いて、どうも、こいつはおかしいぞとにらんだが、その中傷を信じこんでいる民衆の気持はやわらがなかった。彼らは事件に首をつっこみはじめたころの調子をくずすことなく、この一件で訴えられたものは、だれかれの見さかいなしにひったてて牢獄にたたきこむことをやめなかった。


 第21節

   こうして、つかまって、裁きのため牢につながれていたもののなかに、弁論家のアンドキデスがいた。歴史家ヘラニコスは、彼をオデュッセウスの子孫のひとりにかぞえている。このアンドキデスは、世間で、民衆ぎらいの少数政治派として通っていたが、ヘルメス柱像ごわしのうたがいがふりかかってくるのを、どうにものがれきれなかった。というのは、彼の家のちかくに、アイゲイス部族のたてまつった大ヘルメス柱像がたっていたせいだ。しかも、人目をうばうようなヘルメス柱像といったら、ほんの数えるぐらいしかないのに、あの事件でほとんど無傷のままのこっていたのは、ただ、これっきりだったのだ。そこで、いまでも、それはアンドキデスのヘルメスと呼ばれており、そこにきざみこまれた碑銘とは食いちがっているにもかかわらず、人はみな、そう名づけている。

 ところで、アンドキデスは、そのとき、たまたまおなじ名目で告発され牢につながれているもののなかで、とりわけティマイオスという人物と親しい友人同士になった。彼はアンドキデスほど名は売れてなかったけれど、物わかりのはやさと大たんさとにかけたら、ただならぬものがあった。そして、アンドキデスに、こう言って説きつけた、「あんたは、ご自分とそのほか少数のものの罪を自首しておでなさい。自白するものは、民会の決議によって無罪放免にもなれるのだから。しかし、このまま裁きにかかるとすれば、その結果がどうころぶかは、だれにもわからんが、あんたがたのような実力者たちの場合には、まったくおそるべき結末がやってこよう。そのくらいならば、いっそのこと、でたらめでも自白して助かったほうが、インチキな告発にひっかかって、みじめな死にざまをとげるよりも、はるかにましではないか。ひろく公共の利益に思いをひそめるものにとっては、わずかばかりのいかがわしい連中などは犠牲にしてしまっても、それによって、大勢のりっぱな人物を、民衆の怒りから、救いだすことのほうが得策だ」と。

 ティマイオスが、こう語りさとしたところ、アンドキデスは、ついに説きおとされて、自分のほか、何人かの連中の罪を訴えでた。そして、自身は民会の決議によって罪をゆるされたが、彼が名を明かした人たちは、にげた連中はべつとして、のこらず死刑に処せられてしまった。アンドキデスは自白を信用させるため、彼が訴えでた人のなかに自分の家のものまでもくわえていたのだ。

 だが、民衆の怒りは、そんなことぐらいで、ぱったりとしずめられるものではなかった。むしろ、ヘルメス柱像ごわしの連中をかたづけて、いまこそ怒りのはけ口がみつかったとばかりに、アルキビアデスめがけ、ただ一すじの奔流となっておそいかかっていった。そして、ついに、アルキビアデスを呼びもどすために特務船サラミニアをつかわし、その任にあたったものには、手ぬかりなく、こう命じた。
--(略)--


 第22節

 …(中略) …そのご、アテナイの町が欠席裁判のままアルキビアデスに死刑の宣告を下したと聞くと、彼は、「どっこい、このおれが生きているのを、きっと、あいつらに見せてくれるぞ」とうそぶいた。記録によると、彼にたいする告訴状には、つぎのように書かれていた、「ラキアダイ区民、キモンの子テサロスは、スカンポニダイ区民、クレイニアスの子アルキビアデスを、エレウシスの二柱神〔デメテルとコレ〕にたいしたてまつり犯した罪のかどで訴える。アルキビアデスは、その家にあってエレウシスの秘儀をもじり、仲間たちにこれを見せた。しかも導師が秘事をしめすさいに着る衣をまとい、みずからを導師、プゥリュティオンを松明をもち、フェガイア区民テオドロスを布令役、ほかの仲間たちを秘儀の初信者、および入信者と呼んだのは、エウモルピダイ家と布令役家、さらにエレウシス出の祭司とがとりきめた法と定めにそむくものだ」と。

 こうして、アテナイでは、欠席裁判のままアルキビアデスに罪を宣告し、財産をとりあげ、そのうえ、男女の祭司こぞって、アルキビアデスにたいし、のろいをかけるべしという追加決議までがなされた。

 しかし、ただ、アグリュレ区民メノンの娘、テアノだけは、「わたくしは、祈りの祭司でございます。のろいの祭司ではございません」と言いはって、決議にさからったという。 

           (プルタルコス『アルキビアデス伝』
              村川堅太郎訳 筑摩書房「世界古典文学全集」23)
forward.gifAndocides資料3
back.gifもとにもどる
back.gifAndocides弁論集・目次