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back.gifAndocides第2弁論・解説

Andocides弁論集

第2弁論

わが帰還について





[1]
 かりに、諸君、他の件においてなら、ここにいる連中みなが同じ見解を有しているわけではないことが判明しても、私は何ら驚くべきこととはみなさないであろう。しかしながら、より悪しき連中のなかの私とはだれか別な者が望む場合は別として、私が国家に対して何か善いことをなすべき時に、ある人にはそれが善いと思われ、ある人にはそうではないというように、万人に等しく思われるのでないとしたら、何にもまして最も恐るべきことだと私は考えるのである。なぜなら、国家は市民たる者全員に共有であるからには、国家に生ずる諸々の善事ももちろん共有だからである。

[2]
 ところが、こういった重大な恐るべきこと〔不一致〕を、ある者たちはすでに為しており、ある者たちは今にも為そうとしているのを、あなたがたは目にすることができる。現に最大の驚きの念が私を捕らえているのは、あなたがたが何か善いものを私から享受すにちがいないのに、いったいなぜ、この連中はかくも恐ろしく激昂しているのか、ということである。要は、彼らは誰よりも無教養きわまりない者か、あるいは、この国家に対して最も深く敵愾心をいだいている者に違いない。かりに、国家がうまくいっている時こそ、自分たち自身の私的なものをもより善く運用できると信じているとするなら、彼らは無教養きわまりない連中ということになる。自分たちの利益に正反対なことに目下、熱中しているからである。

[3]
 また、かりに、同じことが自分たち自身のみならず、あなたがたの公共にも寄与すると考えていないとするなら、彼らは国家に対して敵愾心をいだく者であろう。もしも達成されれば、この国にとってこれ以上大きな利益は存在しないような事柄に関して、私が評議会に機密を情報提供した時、そして、私が評議員たちにその証明を明快・確実なものとならしめた時、その時には、この連中の中で列席していた者たちは、何らかの点で正しく言われていないかどうかを糾問して立証することもできず、他の人も誰もできなかったのに、今、ここでは、中傷を企てているような連中である。

[4]
 これこそ、この連中は自発的にそれを為しているのではなくーーもしもそうなら、あの時すぐに反対したであろうからーー、別な者たちに唆されたのだという証左である。例えば、この国の中にいて、いかなる代償を払ってでも、あなたがたが私から何か善いことを受けることを受け入れない者たちに。また、この連中は、みずからが公衆の面前に姿を現して本件に関して主張を通すようなことは敢えてしない。あなたがたに対して何らか善く思慮していないかどうか糾明されるのを恐れるからである。その代わりに、従来からして恥知らずであることに慣れていて、諸々の害悪の最大なものを言うことも聞くことも、何も違わないような別な連中を送り込むのである。

[5]
 そして、議論における連中の強さは、私の災禍を事あるごとに罵るだけであるが、もちろんあなたがたはより美しく知っているので、あなた方の間では、正当にも、それらの言説に何らの信望も彼らに持つことがないのを人は知ることができよう。
ところで私には、諸君、現に次のことを最初に述べた人によって述べられたことは正しいように思われる。つまり、人間はみな、善くも悪くも行為するために生まれているが、過ちを犯すことはいうまでもなく禍(dyspraxia) であり、

[6]
 最高に幸運なのは、過ちを犯すこと最も少ない人たちであるが、最も思慮深いのは、できうるかぎり速やかに悔い改める人たちだ、ということである。しかも、これがある人たちにはそうだが、ある人たちにはそうではないというふうになっているのではなく、何らかの過ちを犯すことも悪く為すことも、万人に共通なのである。それゆえ、アテナイ人諸君、私に関してあなたがたが人間的に判断するなら、あなたがたはもっと寛大な人物になれるはずである。なぜなら、過去の出来事は私にとって妬みよりは憐憫に価するものだからである。

[7]
 私の陥った不幸(dysdaimonia)たるや、若さと自分の無思慮によってと言うべきであろうと、あるいはまた、心のこのような災禍に私が陥るよう説得した者たちの権力によってと言うべきであろうと、いずれも最大の悪のどちらかを選ばざるを得ない必然が私に生じたほどなのである、ーー事件を起こした者たちを白状することを望まず、何らか受苦しなければならないかどうか、自分について怯えるばかりではなく、何ら不正していない父をも私といっしょに処刑されるかーー私がそれ〔白状〕を望まないかぎり、それを受けることは彼にとってもう必然であったーー、それとも、出来事を白状して、彼は放免して処刑させず、私は父殺しとならないか。とにかく、少なくともこれに代わることなら、人間として何でも敢行するのではないか。

[8]
 そこで私が選んだのは、現前の選択肢の後者、つまり、私にとってはいつまでも苦痛をもたらし、あなたがたにとっては当時の現前の悪の最も速やかな転回をもたらすことになることであった。思い起こしていただきたい。あなたがたがいかなる危機、いかなる無策の状況に陥っていたか、また、あなたがたがお互いを甚だしく恐れ合っていたために、あなたがたのそれぞれが逮捕されると思って、もはや市場にさえ出かけなくなっていたことを。ところで事態がこのような結果になったのには、私はごくごくわずかな役割しか演じておらず、これに反し、事態がおさまったのには、私一人のおかげなのである。

[9]
 にもかかわらず、人間のうちで最も不運であることを私は決して免れることがない。国家がこの災禍に引きずりこまれた時には、私ほど不幸に陥った者は誰もいないが、再び安全を確保した時には、私は誰よりも惨めな者だからである。すなわち、国家にこれほどの害悪が在った時には、私の恥辱によって以外には、それが癒されることは不可能であったから、私が悪く為したその時点で、あなたがたが救われたのである。それゆえ私は、憎しみではなく感謝を、この不運に対してあなたがたから受けるのが当然なのである。

[10]
 実を言うと、私は、当時、自分の災禍を、諸々の害悪と恥辱の中で欠けるところあるかどうかもわからないほどであるが、その一部は私自身の錯乱の所為であり、一部は現前の状況からして余儀ない次第だと自覚していたので、かかる事業に従事して、あなたがたの眼に触れること最も少ないであろう所、そういう所で暮らすことが〔あなたがたに〕最も喜ばれると私は判断したのである。しかしながら、しばらくして私の心に沸き起こったのは、当然のことながら、あなたがたと共にする国制と、そこまで私が変わり果てる以前のあの暮らしとへの欲求であり、以後、私に利するのは、この人生から解放されるか、あるいは、この国家のために何か善い働きを大いにして、その結果、いつかあなたがたが喜んで、あなたがたといっしょに市民生活を送る気になってくれることだ、と判断したのである。

[11]
 そこで、この判断に基づいて、身命も財産も、危険にさらさねばならなくなっても、惜しいと思ったことはない。むしろ、例えば、サモスにあったあなたがたの軍に櫂材を運びこんだことがある。それは、「四百人」がすでに当地で国政を掌握した時であるが、アルケラオスが私の父祖伝来の客友であり、欲しいだけ伐採すること、運び出すことを許したからである。これらの櫂材を運びこんだばかりか、その単価として5ドラクマを受け取ることが私にはできたにもかかわらず、彼らの付け値以上には取り立てようとはしなかった。さらには、穀物と青銅を運びこんだ。

[12]
 そこであの勇士たちは、これを装備して、その後、ペロポンネソス人たちと海戦して勝利し、この国家を人々の中で彼らだけがあの時に救ったのである。それゆえ、大善の基をあなたがたのために築いたのがあの人たちだとするなら、私はその基に役割を果たさざるところ最も少ないというのが義しいのである。なぜなら、あの勇士たちにあの時必需品が運びこまれなかったら、彼らには、アテナイを救うどころか、むしろ自分たちの身さえ救えないほどの危険に直面していたことであろう。

[13]
 さて、事情かくのごとくであるが、当地における事態は少なからず私の考えに反していると見受けられる。すなわち、帰帆するに際しては、あなたがたの体制への熱意と世話とによって、当地の人々に称賛されるものと思っていた。しかるに、私が帰ると聞き知るや、「四百人」の中の一部の連中は、たちどころに探索し、捕まえて評議会に連行した。

[14]
 すると、すぐに私のところに歩み寄ったのはペイサンドロスで、「諸君」と彼は言った、「評議員たちよ、私はこの男をあなたがたのもとに、穀物と櫂材を敵国人たちに運びこんだかどで摘発起訴する」。そうしておいてから、いかに為されたか事件を陳述した。もちろん、当時、兵役に従事していた人たちが「四百人」に反対のことを思い巡らしていたのはすでに明らかであった。

[15]
 そこで私はーー評議員たちの中に大変な騒ぎが起こったのでーー身の破滅と判断し、すぐに竈に跳びつき、神殿にしがみついた。これこそが実にその時には私に とって最も価値あるものとなった。なぜなら、神々の前に汚名を着せられたのに、ど うやら、神々は人々よりもむしろ私を憐れまれ、人々は私を殺したいと望んでいるの に、救済してくれたのは神々だったからである。その後の投獄、および、害悪をどれ ほど多くどのようなものを身に受けたか、話せば長くなろう。

[16]
 とりわけて我が身を嘆き悲しんだのは、この時に他ならなかった。我が身は、民衆が虐待されると思われた時には、民衆に代わって害悪を受けたのは私であり、私のおかげで民衆が明らかに善くされた時には、今度もまたそれによっても私が破滅したのである。したがって、勇を鼓す手段も方法も私にはもう決してなかったのである。どこに向かおうと、いたるところで何らかの害悪が私に用意されていることが明らかとなったのである。しかしながら、そうであるにもかかわらず、こういった状況から解放されるや、この国に何らかの善を働く以外に、重視したような別の仕事は何もないのである。

[17]
 そこで見るべきは、アテナイ人諸君、こういった仕事がいかほど普通の奉仕よりも抜きんでているかということである。なぜなら、市民たちの中で、あなたがたの国政を手掛け、金をあなたがたに供与するかぎりの人たちは、ほかでもない、あなたがたのものをあなたがたに与えるにすぎないのではないか。また他方、将軍となって、国のために何か美しい働きをする人たちは、ほかでもない、あなたがたの身体の労苦と、危難とを使い、なおその上に、国家共有の金品を費消して、あなたがたにもたらすのは、彼らが何か善きものを手に入れる時にすぎないのではないのか。現に何らかの点で彼らが過ちを犯す場合に、連中によって過ちを犯された者たちのために、連中自身の過ちの償いをするのは、彼らではなくて、あなたがたである。

[18]
 にもかかわらず、連中はあなたがたによって少なくとも花冠をかぶせられ、善き男子として宣明されるのである。もちろん、義しくないと言うつもりはない。自分の国に、いかようにも可能な仕方で、何か善いことをもたらすのは、大きな徳だからである。しかしながら、よろしく認識すべきは、はるかに多大な価値ある人物とは、誰であれ、自分の財産と身体とを危険にさらして、自分の同市民たちに何か善いことを敢えてもたらす人だということである。

[19]
 ところで、あなたがたのために私によってすでに為されてしまったことは、ほとんどの皆さんがご存知であるが、将来のこと、および、現に為されつつあることは、あなたがたの中で「五百人」が内密に知っていることである。あなたがたが聞いた上で、たちどころに今何らか評議しなければならない場合よりも、この人たちが過つことは、もちろん、はるかに少ないのが当然である。後者は、伝えられた情報に関して暇をかけて考察し、何か間違いを犯す場合には、自分たちが責めを負うばかりか、他の市民たちから醜い言葉を負うのが定めである。これに反して、あなたがたが責めを負うべき相手は、あなたがたを措いて他にない。

[20]
 なぜなら、あなたがた自身のことを、善く処するも、もし望むならの話だが、悪く処するのも、あなたがた次第であるのが義しいからである。しかしながら、機密事項を除いて、あなたがたのためにすでに実行されていて、私の言うことのできることを聞いていただきたい。すなわち、あなたがたは、キュプロスから当地に穀物が来着しそうにないとあなたがたに告知されたのをご存知のはずである。ところで私は、志操・力量とも、あなたがたに対してこういった策をめぐらせ実行せんとする連中に判断を誤らせるほどの者となっているのである。

[21]
 いや、いかにしてそれが達成されたかは、聞いてもあなたがたにとって何の役にも立たぬ。だが、今あなたがたに知ってもらいたいのは、ペイライエウスにすでに揚陸せんとしている穀物輸送船はあなたがたにとって14艘であり、キュプロスを出港した残りは船団となって遠からず来着する予定であるということである。しかし、現に評議会に内密に報告したことを、あなたがたに公表しても安全なら、全財産をはたいてでも受け入れたことであろう。そうすればあなたがたはたちどころに予見できたはずである。

[22]
 実際には、それが達成されたあかつきに、あなたがたは知ると同時に益されもしていることになるのである。だが今は、おおアテナイ人たちよ、あなたがたが私に、小さな、あなたがたにとって造作もない、しかも同時に義しい謝礼を払うことを望んでくださるなら、それは私にとってきわめて大いなる喜びとなるであろう。さらにまた、いかに義しいかを、あなたがたはお知りになるであろう。なぜなら、私のためにあなたがた自身が決定し確約して与えながら、後になって別の連中に説得されて破棄したこと、これをあなたがたに、もし望まれるなら、私は要請するが、もし望まれないなら、返還要求するのである。

[23]
 ところが、私の目にするのは、あなたがたがしばしば、奴隷身分の連中にも、あらゆるところからの外国人たちにも、彼らがあなたがたに何か善いことを為すと判明すれば、市民権ばかりか金品のうえで大いなる贈与を与えるということである。たしかに、あなたがたが知慮してしているなら、その贈与も正しい。かくすれば、最多の人々によって善く蒙るであろうからである。そこで私は次のことだけをあなたがたにお願いしたい。メニッポスが提案した時にあなたがたが票決した票決、ーー私に免罪があるという決議をもう一度復活させていただきたい。そこで次の決議を読み上げさせていただきたい。今もなお評議会場に記録されているからである。

決議


[24]
 あなたがたがお聞きになったこの決議を私のために票決した上で、おおアテナイ人たちよ、その後で別な男の機嫌をとってあなたがたは廃棄したのである。そこで私に聴従していただきたい、そうして、あなたがたの中のどなたかの心に、私に関する中傷心のようなものが思い浮かぶなら、もう止めていただきたい。なぜなら、人間が心の中で犯した過ちは、その身体に責任がないとするなら、私の身体はずっと同じであるから、その責任を免れているのであり、他方、心の方は、以前のものとは違って今は反対のものに変わっているのである。したがって、私に対して義しく中傷する根拠は、もはや何も残っていないのである。

[25]
 さらに、かつての過ちの徴憑として、行動に基づく徴憑を最も信ずべきものとして、私を悪人と考えるべしとあなたがたが主張したように、今の好意についても、現在の行動に基づいてあなたがたに生ずる徴憑以外の詮議を求めるべきではないのである。

[26]
 さらに、後者は前者よりもはるかに私にとってふさわしく、一族にとっても馴染み深いものである。なぜなら、これが私の虚言なら、あなたがたの中の少なくとも年長者たちに知られないですますことはできないのだが、私の父の祖父レオゴラスは、民衆のために僣主たちに対して党争し、ーー敵意に代えて和解して〔僣主たちの〕姻戚となって、あの連中といっしょになって国家の人士を支配することができたにもかかわらずーー、むしろ民衆と共に追放されたのであり、彼らの裏切り者になることよりも、むしろ亡命して難儀に遭うことの方を選んだのである。その結果、民主制的人間であることは、先祖たちの所業によっても、当然ながら、私にとっては本質的なのである。いやしくも、少なくとも今、私がいっぱし正気であるならば。以上の理由からも、当然、あなたがたは、私があなたがたにとって有為の士であること明らかならば、為されることをもっと私から熱心に受け入れるべきなのである。

[27]
 ところで、あなたがたが私に免罪を与えておきながら取りあげたことを、よくご存知のとおり、私はいまだかつて憤慨したことはないのである。なぜなら、あなたがた自身がお互いに対して最大の過ちを犯すよう、これらの連中によって説得された結果、支配の代わりに奴隷状態に変わり、民主制から寡頭制を樹立したのであるから、あなたがたが何らかの点で私に対しても過ちを犯すよう説得されたとしても、あなたがたの中に驚く人がいる理由があろうか。

[28]
 しかしながら、望むらくは、あなたがた自身の場合において、政権をあなたがたが掌握した後、あなたがたを騙した連中の評議会決議を無効と定めたように、そのように、私について何か不都合なことを決めるようあなたがたが説得される場合にも、連中の考えを無駄とするよう、そして、この場合においても何か別な場合においても、あなたがた自身の最悪の敵たちに決して賛成票を投じる者とならないでいただきたいのである。
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